「雨の街を」
この曲の出だしは、
夜明けの雨はミルク色 静かな街に
ささやきながら 降りて来る 妖精たちよ
(荒井由実「雨の街を」より。以下同じ)
という少女チックな歌詞だ。
しかし、メロディの付いた曲を聴くと、しっとりとした憧憬のある世界になる。多分、歌詞を目で追っただけでは伝わらないのだ。
そして、
垣根の木戸の鍵をあけ 表に出たら~
どこまでも遠いところへ 歩いてゆけそう
の部分は、別の世界へ誘う「緑の扉」のようだ。
この頃よく聴いていた長谷川きよしの「心のままに」にも似た感じがあったが、この曲の方が憧れを誘った。
ところで、自分は昔都心まで2時間余りの遠距離通勤をしたことがある。夜明け前に家を出ると駅に着く頃に空が白み、駅前商店街の街灯が一つ一つ消えていく。そんな時この曲の3番目の歌詞を思い出した。
夜明けの空はぶどう色 街のあかりを
ひとつひとつ消していく 魔法つかいよ
冒頭のイラストはこの部分をイメージしたものだ。この曲のタイトルも最初の歌詞も雨天なのだが、3番目の歌詞の部分は曇なのか雨天なのかわからない。
ただ、1番目の歌詞の「夜明けの雨はミルク色」のイメージも加えたかったので、イラストには「ミルク色」の雨も入れてみた。
雨天の時にぶどう色の空になることがあるか、正直分からないが…😅
アルバム「ひこうき雲」のこと
繰り返しになるが、自分は荒井由実の初期の歌が好きで、彼女のアルバムでは「雨の街を」が収録されているデビューアルバム「ひこうき雲」が一番好きである。
多分このアルバムの作る世界と、初めて聴いた時の自分の感性がピッタリと合っていたからだと思う。
荒井由実という名前を初めて聞いたのは、当時「別れのサンバ」「歩き続けて」「透明なひとときを」「夕陽の中に」などを傾聴していた長谷川きよしのコンサートでのことだった。
確か地元の市民会館の小ホールで行われた小さなコンサートで、長谷川きよしから、荒井由実というシンガーソングライターの歌詞に曲をつけた「ダンサー」という曲の紹介があり、彼女のことを知った。
その後、アルバム「ひこうき雲」が出されると知り、どんな歌手、曲なのだろうとLPを購入した。荒井由実の曲はこのアルバムで初めて聞いた。日本でこのレベルのアルバムができるのだなと驚いた。
「ひこうき雲」は奇跡のアルバムだ。まだ初々しさの残る彼女の詞、曲、歌声。
バックのキャラメル・ママの燻し銀のような乾いたサウンド。当時洋楽で流行っていたキャロル・キング、ジェイムステーラーの曲のようなアコスティックで洗練された演奏を彷彿した。
それらが絶妙に組み合わさって、性別を超えた感性の塊のようなアルバムになった。
当時五輪真弓などの女性フォークシンガーは存在したが、男性シンガーソングライターに比べて少数で曲も重かった。「ひこうき雲」のような洗練されたサウンドや感性は誰にもなかった。
だから、初めて荒井由実の曲を聴いて受けたときめきと感動はとても大きく、「性別を超えて感動した」とファンレターを送ったほどだった。
アルバム「ひこうき雲」で好きな曲
ひこうき雲に収録されている曲は次のとおりだ。
1 ひこうき雲
2 曇り空
3 恋のスーパーパラシューター
4 空と海の輝きに向けて
5 きっと言える
6 ベルベット・イースター
7 紙ヒコーキ
8 雨の街を
9 返事はいらない
10 そのまま
11 ひこうき雲
改めて見直してみると、タイトルや歌詞に空に関する曲が多く、「曇り空」「ベルベット・イースター」「雨の街を」は曇り空の描写がある。このアルバムが軽やかで、かつ燻し銀のような渋さがあるのはそのせいかもしれない。
曲は全て完成されていて駄作がない。特に好きな曲は「ベルベット・イースター」「雨の街を」そして目立たないがしみじみとした「そのまま」だ。
おわりに
荒井由実の次のアルバム「MISSLIM」も評価が高く、「瞳を閉じて」「海を見ていた午後」「やさしさに包まれたなら」「12月の雨」といった今でもよく知られている名曲が多い。「旅立つ秋」も味わい深い名作だ。
ただ、「私のフランソワーズ」「魔法の鏡」などの曲は女性的な感情が強く出ていて、「ひこうき雲」に感じた「性別を超えた感性」とは違う気がした。
実際、荒井由実は当時の雑誌で、「ひこうき雲」は自分の意図とは違う受け止め方もされたので、「MISSLIM」では大好きなパルコル・ハルムやフランソワーズ・アルディのようなヨーロッパ調のアレンジにした、と語っていた。曲もややメロウになっている。
上で書いたように、アルバム「ひこうき雲」は、荒井由実の初期の作品とバックのキャラメル・ママの演奏が合わさって、意図を超えた奇跡のようなアルバムになったのだと思う。
そして自分も絶妙なタイミングでそれに出会ったのだ。
(敬称略)
魔法使いインビジブルバージョン