
著者について
堀 辰雄(ほり たつお)1904年(明治37年)~1953年(昭和28年)
主な作品
- ルウベンスの偽画(1927年)
- 不器用な天使(1929年)
- 聖家族(1930年)
- 燃ゆる頬(1932年)
- 麦藁帽子(1932年)
- 美しい村(1933年)
- 鳥料理(1934年)
- 物語の女(1934年)
- 更級日記など(1936年)
- ヴェランダにて(1936年)
- 風立ちぬ(1936-1937年)
- かげろふの日記(1937年)
- 幼年時代(1938年)
- 菜穂子(1941年)
- 曠野(1941年)
- 花を持てる女(1942年)
- ふるさとびと(1943年)
- 大和路・信濃路(1943年)
- 雪の上の足跡(1946年)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
堀辰雄の年代順の作品集を読んでいますが、まだ初期の2割ほど読み終えたばかり。「燃ゆる頬」は著名な作品で、思春期の体験を告白した小説として、森鴎外のキタセクリアスや三島由紀夫の仮面の告白などと並ぶ作品です。
あらすじ
冒頭17歳の主人公は、受精した花をむしったりして、性を嫌悪するが、旧制高校寄宿舎の生活の中で、性に目覚めていき、少年らしい「燃ゆる頬」を持つ三枝と友情の一線を越えるような関係になる。だが、三枝との旅行中、主人公は少女の声変わりしたしゃがれた「異様な」声(女が男を誘う声)に惹かれ、三枝を男として敵意を持つ。三枝に関心を示さなくなり、異性を愛するようになり、恋愛を重ねる。最後に、結核を患った主人公は、サナトリウムに入るが…
感想
思春期
主人公が17歳で旧制高校の寄宿舎に入ってからの、先輩や同級生の三枝との同性としての感情。いわゆるボーイズラブではありません。思春期に異性にたどり着くまでの、男女それぞれ誰にでも(多分)ある、疑似異性的な体験をつづったものだと思います。
ですから、三枝との旅行も決してボーイズラブではなく、同性の友人との少しぎくしゃくした旅だと思いますが。
この作品で有名な、三枝の脊椎カリエスの痕の突起をなでる行為もほのかな思春期の欲情では?
旧制高校での同性との関係については、森鴎外のキタセクリアスにも書かれていますね。
ただの作品は、それだけでなく死の気配が漂う点、なにか好きです。変な言い方ですが…。
死の気配
まだ結核や脊椎カリエスの特効薬はなく、死の病であった時代、三枝も主人公(堀)も結核にかかり、三枝は死んでしまいます。主人公もサナトリウムでの療養を余儀なくされます。
当時の結核は誰でもかかる可能性があり、まだ特効薬がなくかかってしまうと死に至る病。(今のコロナウィルスよりも多分絶望的なのに、世の中は自粛をすることもなく仕方なく受け入れていました。)
時代背景も違い、人々の関係も多分今より濃密な時代だったでしょう。死と背中合わせの青春、思春期。そんなふうに思ってしまいます。
作中に出てくる女の子のしわがれた声、異様な声という表現がわかりにくいのですが、大人の女性が男性を誘う声(と男性が感じる声)との解釈が一般的で、そういうことなのでしょうね。
結末のシーンの意味
結末のシーンで、サナトリウムで出会った少年の脊椎カリエスの痕を見て主人公が衝撃を受けるのは、三枝との同性愛的な関係、思春期のできごとと自分の成長(大人への脱皮)を自覚したからというのが、通説のようです。
確かに、冒頭に書かれている、大人に脱皮するには衝撃が必要だったという部分とのつながりからもそう見るのが妥当かもしれません。
じかし、個人的にこの説には少し違和感があります。
思春期のできごとと自分の成長(大人への脱皮)を自覚することはそんなに大きな衝撃だとは思えないのです。自分の経験でいえば、衝撃というよりも、ほろ苦い感慨という感じです。違っていたらすみません。
なので、私は、その衝撃の理由は、三枝と同じ脊椎カリエスの痕がある少年が性的なしぐさをしているのを見て、三枝と自分との関係やその死を思い出し、そうした親密な関係だった友人が亡くなったのに何の感慨も起こさなかった自分を悔み、自分も三枝と同様に結核に侵され、死と隣り合わせであることを改めて認識したこと。
それに加えて通説のように、思春期のできごとと自分の成長(大人への脱皮)を自覚したからというのが、からではないかと思うのです。
おわりに
この小説に限らず、堀辰雄の作品は今から90年ほど前に書かれたのに古臭さがなく、透明感や感受性にあふれています。
もちろん、文体、言葉遣いは今と違うので、最初読むときは違和感がありますが、おすすめの作品です。どなたもご一読を。