
「潮の香り」
「ワインの匂い」「眠れぬ夜」「めぐる季節」「秋の気配」など、オフコースの初期の曲が好きだ。
特に「潮の香り」が好き。この曲、アルバムでは「秋の気配」の前に入っていたので、なぜか「秋の気配」とセットで記憶している。特殊コードと転調の効いたボサノバ風のメロディは一度聴いただけで虜になった。
「秋の気配」は「港の見える丘公園」など横浜の山手を思わせる内容で、別れを感じさせる曲だ。
一方「潮の香り」は夕暮れ、クルーザー、葉山、車と言ったキーワード。湘南、逗子、葉山あたりで、夕闇、暮れなずむ頃、恋人と過ごす風の雰囲気がなんともお洒落で憧れた。
1番の歌詞は、日が暮れなずむ夕暮れにクルーザーが漂い、「今私にこれ以上何もいらない」という満足感が歌われる。
2番は港でカンテラに照らされる恋人の姿に「ひとりだけの時間が今遠ざかる」、夜の海岸道路を2人で走り「明日はあなたと海へ出よう」と締めくくる。
※ 必要な箇所のみ引用させていただきました。著作権法上、歌詞全文は掲載できないので、ご興味のある方は検索して探してみてください😖。
「私」は男?女?
ところで、自分は歌詞で歌われる「私」は女性のことだとずっと思っており、ネットで歌詞を取り上げている方もそんな見方が多いようだ。
しかし、歌詞をよく読んでみてオヤと思った。「私」は男性じゃないかと。
1番の歌詞
女性とした場合、1番は夕暮れ時の湘南あたりの海岸沿いで、沖を行くクルーザーを2人で眺めながら、恋愛のときめきを感じるようなシチュエーションだ。
しかし、男性だとすると、夕暮れ時にひとりで気ままにクルーザーで漂う時の癒しにも似た解放感を歌ってる内容になる。
2番の歌詞
2番は、女性とした場合、カンテラの光や人影は第三者のもので、恋人の男性が昔ヨットに乗っていて2人で海に出たことを懐かしく感じている、と言うような状況だろうか。
一方男性とした場合、1人の航海を終えて港に戻ると、カンテラの光の中に恋人(昔の?)が待っていたというような状況だ。
全体と結論
「私」を女性とすると、全体としてずっとカップルで過ごしていて、夕暮れから夜にかけての華やいで充足したときめきと幸福感を歌ったものになる。
一方男性とすると、歌詞の状況はよりクリアで、ひとり気ままなセーリングの解放感と、その後港で恋人が迎えてくれるストーリーに変わる。
女性である方が華やかでオシャレで情感があるが、男性の場合はストーリーが明確で情況がはっきりしているのだ。
1番の「今私にこれ以上何もいらない」の意味は「私」が女性か男性かで全く意味が異なるし、「迎える人影」や「ひとりだけの時間が今遠ざかる」という言葉は男性とした場合より明確になる。
調べるとオフコースの旧メンバーにヨット好きの人がいたようだ。それもあり、結論としては、作詞作曲の鈴木康博さんの元々の趣旨は私=男性だったと思う。
ただ、作品が作者の当初の意図を離れて独り立ちするのはよくあることなので、それぞれの受け止め方でいいのではないかとも思う。
イラストについて
冒頭のイラストとは自分がこの曲で一番好きな、
ゆれるカンテラの灯
迎える人影 闇にうつす
立ちつくすあなたはなつかしそうに
襟もとに手をあて 私を見つめる
(オフコース「潮の香り」より)
の部分を描いてみたもの。私=男性説として、マリーナで待っている女性の姿である。
冒頭の絵は落日後の薄暮の頃の感じで、下は次第に日が暮れていく夜のイメージだ。歌詞の感じからするとこれらの方が合っているかもしれない。

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