keepr’s diary(本&モノ&くらし)

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【本の感想】望月 諒子「殺人者」


殺人者(木部美智子シリーズ) (集英社文庫)

あらすじ

15年前の未解決アベック当て逃げ殺人事件の関係者が次々に殺害される。被害者は木部美智子が小説家になろうと滞在した旅館の地区の高校の出身だった。その残虐な手口から性的暴行への怨みの殺人として被疑者が浮かび上がるが...フリージャーナリスト木部美智子シリーズ第2作。

目次

  • プロローグ――池のほとり 
  • 第一章 事件 
  • 第二章 捜査 
  • 第三章 容疑者 
  • 第四章 新たな犠牲者 
  • 第五章 奪われた腕時計

感想

木部美智子シリーズで一番面白い

望月諒子の木部美智子シリーズは著作順に「神の手」「殺人者」「呪い人形」「腐葉土」「蟻の棲み家」の5作があるが、5作目の「蟻の住み家」が面白かったのでシリーズを読み始め、特に意味はないが、この作品が最後になった。

本作はシリーズ2作目だが、感想としてはシリーズで1番面白かった。「蟻の棲み家」よりも面白い。

 

最初のエピソードで木部美智子がジャーナリストとしての自分に疑問を感じて、旅館に篭もり小説家になろうとする姿がなんだか微笑ましい。文章を書くのが好きな人が、一度は小説家に憧れる気持ちはよく分かる。そして、虚構の世界を組み立てて行く小説家の凄さと自分の隔たりを知り絶望するのが常だろう。

 

ストーリーはエピローグの1人目の殺人から、残虐な方法での2~3人目の殺害、精神障害の容疑者の自殺の後、1人目の遺体発見、発端の事件の主犯の家族の殺害へと発展していく。

 

犯人への共感

たびたび書いているが、自分は推理小説ではもつれあった糸と糸がほぐれていく過程、別々に捜査されている事件が結びつく瞬間、謎が直感的に解明されるきっかけなどに惹かれ、心が踊る。

この作品では、調べていた事件で同窓会の名簿にある人間の名前を発見する瞬間がそれである。

また、発端となる事件は、最近のミステリーや現実の事件のようにものすごく残酷、凶悪であるとまでは言えないが、ささやかな幸福を壊された心の痛みと虚しさは想像するに余りある。

だから、冷静に考えれば、そこまではやりすぎてはと思える復讐も何となく受け入れてしまう。

 

もうひとつ、この作品で引かれるのは、いい意味でも悪い意味でも、犯人の躊躇いのない爽やかさだ。

木部もその人のそうした人間的な魅力に惹かれ親しくなるが、最後は糾弾すべく記事を書く。

そして最後の結末は…これは読んでみてください。

読みながら感じたこと

このシリーズでは事件に対するマスコミの姿勢や記者同士の繋がりが興味深く描かれるが、本作ではフロンティア編集帳の真鍋、知り合い記者の久米、新米の地方紙新聞記者の清水など、マスコミの中には様々な立場と考えがあることが上手く描かれている。

警察との関係では、この作品では珍しく記者を尊重してくれるベテランの渡辺警部が相手になっているので、2人のやり取りはギブアンドテイク、ストレートで気持ちが良い。

「木部さんですか」 渡辺警部はそう言いながら、一瞬驚いた顔をしたが、やがてすぐにそれは苦笑いとなった。(本作品より引用。以下同じ)

 

躊躇いのない車の発信音から美智子が親しみを感じた家庭教師の雪江は涼やかでためらいのない女性だ。彼女の描写も心地よい。

相手にわかるように話すには、相手の知識量を把握して、相手の理解できる範囲で応えることが必要だ。彼女にはそれが出来た。 
情報の抽出、整理が早い。そして態度が崩れない。相手の瞳を覗き込み、よく聞き、こちらの聞きたいことをよく捕らえ、こちらの感情に無頓着だとも思えるほど率直に答える。
(中略)しかし、表情にはあどけなさが残り、口調にはちょっと色気があるものだから、不快に感じる刺や毒を感じない。 
すっきりとした呑み味の飲料水のようだ。 
そう言えば、やっぱりあの運転に感じたのと同じ感触だ。


ストーリーの最初の方で美智子が書き、編集長の真鍋が絶賛した犯人像の記事。その中で、社会文化的な女性像と本来の生物的本能のギャップに触れているが、興味深い(事件については分析は間違っていたのだが)。

本質的に女性が女性であろうとすることと、文化的に女性が解放されようとすること。社会の発展と個人の幸福感が根っこのところで通じ合わない。そういう文化観というのは、知的刺激としては面白いと思いますよ。

 

物語から外れるが、20~30年前にはひとつの学説であったジェダー論が欧米を中心に世界的、公的に採用されているが、疑問点も多い。

「人権」に熱心な朝日新聞では、最近多い「性暴力」の特集記事(2022.2.17)で、女の子が男の子の求めに対し2人の関係を壊したくないので断れなかったことを「性暴力」、男の子が女の子の手を握ったり体に触れようとするのをなんと「DV」と書いているで唖然とした。

男女の性的欲求を有耶無耶にして、人間の「種の保存」という本能を汚いもののように語るのにはどうもついていけない。これでは少子化は止まらない。世の中がますます独善的で狭隘な方向に進んでいる気がするが、どうすればいいのだろうか。

閑話休題

 

木部美智子シリーズについて

木部美智子シリーズ5作を読んでみたが、個人的には、最初に書いたようにこの作品と「蟻の棲み家」が際立つ。

「神の手」は観念的すぎる。「呪い人形」は面白いが、犯人の設定や動機が少し非現実的かも。「腐葉土」は2作に準じて面白いが、過去の大災害の描写がやや冗長という印象がある。

(著者の他の作品も読んで見たがどうもが作品のバラつきが多いような気もする。だから、何を読むかで著書の評価が変わってしまう。)

本シリーズでは他の多くの推理小説のように犯人が警察に捕まる結末があまりない(というか全くない)。

結局殺人事件ではなかったものがひとつ。その他の作品は結末は読者の想像に委ねられている。そのうち全て読者に委ねているものがひとつで、他の3編は犯人は明らかだが、恐らく逮捕されない。

ある意味、警察が信用されていないのだが、これは作者が神戸出身というところもあるのだろうかと思ったりする。

この作品、好みが分かれるかもしれないが、納得感のある本格的なミステリーで、自分にとっては隠れた大傑作。読後感も悪くない。

おすすめの本です。

 

この作品をおすすめしたい人

  • 記者ものミステリーが好きな人
  • 事件報道のあり方に関心のある人
  • 捻りのある推理小説を読みたい人
  • ノワールミステリ―が好きな人

著者について

望月 諒子(もちづき りょうこ、1959年~)は、日本の小説家・推理作家。愛媛県生まれ。兵庫県神戸市在住。

銀行勤務を経て、学習塾を経営。2001年、『神の手』を電子出版で刊行しデビューする。2010年、ゴッホの「医師ガシェの肖像」を題材にした美術ミステリー『大絵画展』で第14回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。

主な作品

『神の手』(2004年4月)
『殺人者』(2004年6月)
『呪い人形』(2004年8月)
『ハイパープラジア 脳内寄生者』(2008年1月)【改題】最後の記憶(2011年8月)
『大絵画展』(2011年2月)
『壺の町』(2012年6月)
腐葉土』(2013年4月)
『田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察』(2014年4月)
ソマリアの海賊』(2014年7月)
『鱈目講師の恋と呪殺。 桜子准教授の考察』(2015年7月)
フェルメールの憂鬱~大絵画展~』(2018年11月)
『蟻の棲み家』(2018年12月)
『哄(わら)う北斎』(2020年7月)

※ 著者、作品の記述はフリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』 望月諒子 - Wikipedia を参考にした。

 

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