あらすじ
若年性アルツハイマーにかかった主人公が、次第に会社の仕事や日常生活が上手く出来なくなっていく様子と家族が支える姿を主人公自身の視点から描いていく。
目次
1~64章
感想
この作品は3度目の読書になる。渡辺謙、樋口可南子主演の映画も見ており、内容はよくわかっていたので、読むと暗い気持ちになるのではないか危惧したが、読み終わったらとても感動した。
たぶん、映画を見てから原作を読んだのではないかと思うのだが、いずれにしても、15年ほど前のことで、当時、自分は会社で中間管理職でいろいろと辛かった頃で、生きることにせいっぱいの時代だった。2度目に読んだ時もまだ在職中だったと思う。
だから、作品中の会社や取引先との苦労話の方に同感して、病気のことはまだまだ実感としては乏しく、感動はしたものの他人の物語として受け止めていた。
その後、定年退職やらちょっとした病気などもあり、今読んでみると、社内異動や会社を退職する時の切なさを追体験したり、病気への不安などがより実感できたような気がする。
本作品の特徴は、アルツハイマー病を患者本人の視点で描いたことだ。人から見て痴呆状態で何も考えていないように見える状態であっても、本書で書かれているように患者本人には独自の意識、思考かあり、どうにもならない葛藤の中で悩んでいるのかもしれないのだ。
アルツハイマー病の治療は、本書発表当時より治療のノウハウが蓄積されてはいるものの、まだ根本的な治療方は見つかっていない。一部で効果的な治療薬が開発された※との情報もあるが、まだまだ難しい病気だ。
※ ADUHELM™(アデュカヌマブ) アルツハイマー病の病理に作用する初めてかつ唯一の治療薬として米国FDAより迅速承認を取得 | ニュースリリース:2021年 | エーザイ株式会社
病気で自分の記憶や意識の一部が失われていくこと、その怖さは本人でないと分からない。意識がハッキリしているまま命の期限が切られるガンのような病気と比べて、どちらがいいのか悪いのかも正直分からない。
けれども、本書で自分の記憶か次第に失われていくこと、それを認識することの怖さは疑似体験はできる。そうした意味でも大変貴重な小説だと思う。
しばらくして気づいた。歩けば歩くほど、周囲の風景がなじみのないものになっていくことに。背筋が氷柱になった気がした。この道でもない。(本作品より引用)
ラストで主人公を探しに来た妻と吊り橋で出会うシーンは涙が止まらなかった。外で読んでいたので人目を憚った。映画では妻役の樋口可南子の表情がなんとも言えなかった。
わかっているのに、私は少女のいた場所に視線を向けた。ふわふわと桜が散っているだけだった。私は大きく息を吐いて、再び立ち上がる。そしてゆっくり踏みしめるように坂道を下りていく。(本作品より引用)
老若男女問わず読んで欲しい作品だと思う。おすすめします。
萩原浩氏の作品には本書のようなシリアスな作品の他にも、「オロロ畑で捕まえて」「ハードボイルドエッグ」などのライトミステリーもあるので、そちらもオススメしたい。
この作品をおすすめしたい人
- アルツハイマー病に関心のある人
- 感動したい人
- 夫婦の絆について考えたい人
- 萩原浩の作品が好きな人
著者について
荻原 浩(おぎわら ひろし、1956年6月30日~)は、日本の小説家・推理作家。埼玉県大宮市(現・さいたま市)出身。成城大学経済学部卒。1980年、大学卒業後、広告代理店に入社。1991年、ふたつめの広告代理店を辞めて独立し、フリーのコピーライターとして築地に事務所を構える。39歳から小説を書き始める。「明日の記憶」「僕たちの戦争」など映画、ドラマ化された作品も多い。
主な作品
- 『オロロ畑でつかまえて』(1998年)第10回小説すばる新人賞受賞
- 『ハードボイルドエッグ』(1999年)
- 『明日の記憶』(2004年)第18回山本周五郎賞受賞
- 『僕たちの戦争』(2004年)
- 『愛しの座敷わらし』(2008年)
- 『二千七百の夏と冬』(2014年)第5回山田風太郎賞受賞
- 『海の見える理髪店』(2016年)第155回直木三十五賞受賞
※ 著者、主な作品は 荻原浩 - Wikipedia を参考にしました。