keepr’s diary(本&モノ&くらし)

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【Music】岡林信康「今日を超えて」~心が躍ったあの頃


見るまえに跳べ(通常プラケース仕様)

 

関西フォーク

1960年代末から1970年初めにかけての日本の音楽史を語るうえで岡林信康は外せない。

70年安保改定を巡り、反対勢力が激しい運動を重ね、大学では全共闘運動が生まれた。

当時の大学生、高校生は活動はしていなくても心情的には反戦、反体制の側に立つものが多かった。そんな時代。

 

フォーク・クルセダーズ高石ともや五つの赤い風船など「関西フォーク」と呼ばれた中で、岡林信康反戦、革命、プロテストソングの教祖的存在だった。

 

関西フォークは東京の大学生を中心としたカレッジフォークのかしこまった感じに対抗するという共通項はあるものの、個性は様々、いろいろなタイプの人がいた。

 

フォークルや高石、赤い風船などは反戦・平和というメッセージ性はあるものの、抒情的な歌も多く歌っており、高田渡加川良などは少し違って反戦、貧乏、コミカルで乾いたイメージだったろうか。また関西フォークに入れるのがいいのかわからないが、遠藤賢司はリリカルな心情を歌う独自の世界。

 

プロテストソングの教祖

そうした中、岡林信康は歌の世界の反体制活動家教祖であり、実際に反体制活動をするほどの情熱、勇気、あるいは思い込みがなかった「心情三派」の若者たちに熱狂的に受け入れられたのだった。

 

新宿西口広場で毎日のように行われた「フォークゲリラ」では岡林の「友よ」が「夜明けは近い」とテーマソングとして歌われた。

 

そして、たぶんボブディランに触発されたのだろう、生ギターからフォークロックに変容してからの「私たちの望むものは」「それで自由になったのかい」などのメッセージソングは当時の若者にとっては大変かっこよく、素晴らしいものに感じられたのだ。

 

ただ、「私たちの望むものは」「それで自由になったのかい」などの歌詞は哲学的な歌詞のボブディランの曲よりも、直接的、左翼的、過激であり、多くの人は自分と同じようにここまで言っていいのだろうかと思ったのではないか。

 

そんな歌の中で自分が好きだったのは「今日を超えて」。過激すぎないが心躍る歌詞で、曲も今までにない「Gsus4」などというコードが使われておりかっこよく胸が躍った。

 

岡林は同時期に「自由への長い旅」「愛する人へ」など内省的な曲も作っており、自分はこのような曲もとても好きだった。

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突然の変心

上で述べた曲はアルバム「見る前に跳べ」に入っていたのだが、次のアルバム「俺らいちぬけた」では、反体制ぶりがなりを潜めて、ヒッピーのような自然回帰をテーマにしているので、正直びっくりした。

 

当時の自分も、またボブディランの真似かよ、とも思ってしまったのだ。

 

岡林信康氏はその後紆余曲折はあったが活動を続けられて、74歳の現在でも現役。

今年、2021年3月には何と23年ぶりのアルバム「復活の朝」を発売している。まだまだ頑張ってくださいね。

 


復活の朝

 

フォークミュージックに大きな影響

岡林信康は当時から賛否両論があったにせよ、その後の日本のフォークミュージックのサウンドなどに大きな影響を与えている気がする。

 

吉田拓郎泉谷しげるなどは同じようなところから出発していると思うし、毛色の違う井上陽水などにも反作用的に影響を与えたのではないか。

 

そうすると、現在、70年フォークに近いと言われている「あいみょん」の音楽もルーツの一つは岡林だと言えるのかもしれない。

(文中敬称略させていただきました。)

  

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