あらすじ
有能だが不運すぎる女探偵葉村晶シリーズ。近所の老婆から相続した家で亡くなった女の遺品の引き取り手を探す依頼を受けるが、調査の結果、死んだ女を巡るとんでもない事実にたどり着く表題作「不穏な眠り」のほか、依頼を受け刑務所から出所する女性を連れ帰る途中で誘拐に巻き込まれる「水沫隠れの日々」など4編の短編集。
目次
- 水沫(みなわ)隠れの日々
- 新春のラビランス
- 逃げ出した時刻表
- 不穏な眠り
感想
自分は若竹七海作品の愛読者で、特に不運な女探偵「葉村晶」のシリーズは毎回楽しみにしている。このシリーズは少しユーモラスな反面、かなり込み入ったストーリーと人間のいやらしさが描かれていて、正直読後感は決して良くはない。「イヤミス」という言葉があるそうだが、このシリーズもそれに当てはまるのかもしれない。
最初の短編「水沫(みなわ)隠れの日々」もそんな人の負の側面の描写が多い。出所する女性を巡る物語という点では、最近読んだ米澤穂信の「満願」と似ているが、「満願」が、弁護士の視点から描いた落ち着いた物語だったのに比べて、こちらの女受刑者は嘘つきで反省もせず救いようがない。さらに、カメを見つけるために見境なく人を傷つける中国マフィアは冷酷で心がザラザラする。もう少し軽い内容にできなかったのかと思う。
二つ目の「新春のラビランス」は、大晦日の夜に呪われたビルの警備を頼まれた女探偵が、行方不明になった元警備員の恋人に行方を探すよう頼まれる物語。ここにも少し頭のねじが緩んだ女性が出てくるが芸術家タイプ。この物語も葉村の運のなさが際立つ。
三つ目の「逃げ出した時刻表」はミステリ―専門書店のミステリーフェアの目玉に借りた展示品が盗まれ、行方を捜す物語だが、ストーリーが込み入っていて理解するのに骨が折れる。内容は人が死ぬ話ではなく深刻ではないが、マニアの収集心と男の嫉妬心とこちらも人のいやらしさが浅ましい。
タイトルになっている「不穏な眠り」はやや長めのストーリだが、内容はスピード感があり飽きさせない。平凡な人探しの依頼から、次々に妙な展開に巻き込まれるストーリーは相変わらず面白いが、カッコウの雛のように、勝手に他人に家に居ついてしまう女性のキャラクターと、その原因となった母親の行動には参ってしまった。現実にもありそうで恐ろしい。
頭のタガが外れて人に迷惑をかけても平然としている人間は、この短編にも何人も出てくるが、ここまで凄いと唖然とするしかなく、突き抜けすぎているのでむしろ爽快なほどだ。よく人の家に乗り込んで洗脳して支配し、殺人まで犯してしまう怖い現実の事件もあるが、そこまでいかないとしても常識の通じないこうしたキャラクターは現実にもありそうだ。
著者が女性だから同性を見る目は厳しく冷徹。普通の男には女性の内面はよくわからず、不可解な生き物でしかなく、また異性としてのロマンとか幻想があるので、あからさまに女性の負の側面を描きにくいのだが、このシリーズに出てくる女性は皆一筋縄ではいかない人物が多く、女性不審に陥りそう。結末は偶然の事故で終わるが、このストーリーに関してはそれがむしろ救いだろう。
冒頭で述べたように、葉村晶シリーズは、本作を含めて少し暗めの読後感がある。米澤穂信も独特の読後感があるがほろ苦い読後感であるのに対して、著書のそれは人間の駄目さ、イヤらしさを強く感じてしまう。
とはいえ、作品の面白さとストーリーのジェットコースター感は抜群なので、次の作品が出れば多分読んでしまう。そんな作品である。
この作品をおすすめしたい人
- コミカルかつシリアスなハードボイルドが読みたい人
- 人間の本性を描いたミステリーが好きな人
- 葉村晶シリーズのファンの人
- 若竹七海の作品が好きな人
著者について
若竹 七海(わかたけ ななみ、1963年~)は日本の作家。東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒。夫は評論家(バカミスの提唱、ミステリ映画の研究で知られる)の小山正。
主な作品
葉村晶シリーズ
- プレゼント(1996年5月)
- 依頼人は死んだ(2000年5月)
- 悪いうさぎ(2001年10月)
- さよならの手口(2014年11月)
- 静かな炎天(2016年8月)
- 錆びた滑車(2018年8月)
- 不穏な眠り(2019年12月)
葉崎市シリーズ
- ヴィラ・マグノリアの殺人(1999年6月)
- 古書店アゼリアの死体(2000年7月 )
- クール・キャンデー(2000年10月)
- 猫島ハウスの騒動(2006年7月)
- プラスマイナスゼロ(2008年12月)
- みんなのふこう(2010年11月)【改題】みんなのふこう 葉崎は今夜も眠れない(2013年1月)
- ポリス猫DCの事件簿(2011年1月)
- パラダイス・ガーデンの喪失(2021年8月)
御子柴くんシリーズ
- 御子柴くんの甘味と捜査(2014年6月)
- 御子柴くんと遠距離バディ(2017年12月)
その他
- バベル島(2008年1月)
- 暗い越流(2014年3月)
- 殺人鬼がもう一人(2019年1月)
ほか
著者、作品はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』若竹七海 - Wikipediaを参考にした