keepr’s diary(本&モノ&くらし)

ネット、読書、音楽、散歩が趣味のおじさんです。趣味、商品、暮らしの疑問、感想を思いつくまま綴ります。

【音楽】加川良「あきらめ節」


教訓

自分の少年時代は、たぶん今よりも音楽が身近な感じで、流行っていた歌を大まかにいうと、①小学校5、6年の時に加山雄三、②中学の時はグループサウンズビートルズ、③高校の時はカレッジフォーク、関西フォークにハードロック、とバラエティに富んでいた。

年代にすると、

①小 1964-66

②中 1966-69

③高 1969-72

今考えると、いろいろなジャンルの音楽がカオスで存在していた時代だった。家で兄弟がレコードやテープをよくかけていたこともあり、いろいろなジャンルを聴いていたのだと思う。

③の高校時代の頃から、音楽を一応主体的に聴くようになったのだが、70年安保で学生運動が盛り上がり、自分の高校でも生徒集会だとか、反体制ムードが高かまっていた。

そんな時代背景があり、反戦・反体制の歌を中心とするいわゆる関西フォークが若者の間に流行つた。岡林信康の「友よ」が新宿西口地下広場で歌われ、同じく岡林の「それで自由になったのかい」や高田渡の「自衛隊に入ろう」の歌詞に、今考えればよくわからないまま共感していた。

加川良関西フォークの一人だが、少し遅い時代になる。

反戦系の歌は岡林のように直接に強く反体制を訴える歌と、高田渡のようにやや斜に構えて揶揄っぽく歌う曲があり、加川良は人間的なつながりもあり、高田系の曲を歌っていた。

彼の曲では、「教訓1」「伝道」「戦争をしましょう」が好きで、確か労音(これも懐かしいな)か何かのコンサートで地元の市民ホールに来たので見に行った記憶がある(泉谷しげるも出ていた気もするがはっきりしない。)。その時聴いた曲では、「木枯らしエレジー」が記憶に残っている。

で、前置きが長くなったが、Amazon Music Unlimited で、「教訓1」を聴いて、同じ「教訓」のアルバムに入っているこの曲、当時も聴いたことがあるが、改めて聴くととてもよかった。

この曲は、明治、大正時代の演歌師添田唖蝉坊※の歌に高田渡氏が新たに曲をつけたものだが、詞と曲がものすごくマッチしている。時代が違うので比べられないが、原曲に劣らないかも。そして、加川良の歌、これも申し訳ないが、本家高田氏よりも自分は好きだ。

※明治、大正時代に活躍した「演歌師」。この時代の「演歌」は現在の歌謡曲の演歌とは異なり政府を風刺する歌。

その他の曲も何十年ぶりかに聞くと、加川良は張りのある声で、歌がうまく、説得力があることを再認識した。

50年たっても色褪せない名盤だ。

 

どんなに虐げられても不運とあきらめる人々をうたったこの歌は、コロナをはじめ様々な点で今の時代にもあてはまりそうだ。もちろん明治、大正の頃とは人々の過酷さは全然違うのだが、庶民、国民の感覚とあまりにも隔たりの大きい政府、支配者たち。そして認めたくはないが、唯々諾々とお上に従う国民の奴隷根性。

民主主義になっても、100年経っても、いくら時代が変わってもそうしたものは変わらないのだな。

だからこそ、歌の最後の、あきらめきれぬとあきらめる、という気持ちはずっと持っていたいものだ。

香港の人々を思いつつ。

 

加川良は、同時代に現れた吉田拓郎井上陽水などのようにメジャーにはならなかったが、ストイックに自分の求める音楽を追求した人だったのだと思う。2017年4月に白血病で亡くなられた。ご冥福をお祈りします。

 (この頃、遠藤賢司氏や森田童子氏も亡くなっています。淋しいなあ。)

加川良については詳しくはこちら

ja.wikipedia.org

↓この頃の日本のフォークソングについては、こちらがとても詳しいので、リンクさせていただきました。同世代の方は懐かしいと思います。 kazsan1956.wiki.fc2.com

 

 

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