あらすじ
「私」は英国の有力な政治家である友人から、幼いころ、白い塀にある緑の扉の中に入り、夢のような幸福な世界に入った思い出を聞く。彼はそれから何度かその扉を見かけたが、いつも差し迫った用事があり入れなかった。最近特にその扉に入りたい想いが強くなったと言う。そして…
目次
(この作品集)
- 塀についたドア
- 奇跡をおこせる男
- ダイヤモンド製造家
- イーピヨルニスの島
- 水晶の卵
- タイム・マシン
- 訳者あとがき
感想
昔読んで内容はおぼろげに覚えてるが、なんの本だったのか思い出せないことはありませんか。
この本は私にとってそんな本です。
「白い塀の中にある緑の扉を開くと、別世界に行った。その後何回か見かけたが用事があって入れず、どこにあったのか思い出せない」そんな内容の作品を確かSF小説の短編集で読んだ記憶がありました。
記憶はあるけれどそれがどこだったのかわからない。夢だったのか現実だったのかもわからない。おそらく誰もが一つや二つはそんなものがあると思います。
そうした経験や別の世界・別の自分への憧れ、希望。それに近い感覚がこの物語にはありました。
ちなみに、昔教科書に載っていたある詩のフレーズに個人的に強い憧憬があるのですが、その印象とも重なるイメージでした。
"どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮れは
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる"(茨木のり子「六月」より引用)
そして、何十年ぶりかにこの作品にたどり着きました。
H.Gウェルズだったのか。いろいろ探してやっと見つけました。「タイムマシン」の作品集に入っていたとは!
記憶で美化されていた分、作品の中の楽園の描写は思い描いていたものと少し違ったのですが、十分に魅力的で、別世界への憧れが実感できました。
「その塀には、濃い紅色のツタがはっていた――どの葉もが、つややかな紅色一色にぬりつぶされていた。それが、白い塀を背景にして、こはく色にすみきった日光をあびていた。それがなにか心にきざみつけられた。どんな風にだったかは、はっきりおぼえていないが。それから、緑色のドアの前の清らかな路面には、トチの木の葉が散っていた。(略)(作品より引用。以下同じ)
緑豊かで、清らかで幸福な広大な庭園。柔和な猛獣やきれいで声が気持ちいい女性。仲のいい友達、楽しいゲーム。
現実の世界よりもっとあたたかで、もっと心にしみ、もっとゆたかな光にみち、空気にはそこはかとなく純粋な歓喜があり、空の青みには、いくひらかの雲が日光にかがやいていた。
世間では成功を収めた彼ですが、年を取るほど、現実の世界に嫌気が差し、幼いころに一度だけ行ったことのある世界に行きたい想いが募ります。
多分誰でも同じような感情は持つのではないでしょうか。
そしてとうとう彼は扉を見つけます。
最後に彼はきっと、あのあこがれていた世界に行くことができたと信じます。
その何ものかが――それが何かはわからないが――塀とドアの形を通じて、彼に一つの出口を、はるかに美しい別の世界への、秘密の脱出口を提供したのだ。(中略)ここには、他界の幻影と想像力とにめぐまれて夢みることのできる人々のみの持つ、深遠な神秘がほのかに見えるのだ。
しかし、白い塀と緑の壁。なぜ憧れを誘う風景なんだろう。狭い路地の先や空に続く坂道も同じようにその先に何かが待っている気がします。
※ この作品集では作品名は「塀についたドア」ですが、別の訳では「白壁の緑の扉」(小野寺健訳)となっていて、個人的にはそちらの方が好みです。
この作品をおすすめしたい人
- 別世界への憧れを持ってる人
- 現実の生活に疲れた人
- 夢や記憶をたどることが好きな人
- H.Gウェルズが好きな人
著者について
ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells, 1866年9月21日 - 1946年8月13日)は、イギリスの著作家。小説家としてはジュール・ヴェルヌとともに「SFの父」と呼ばれる。社会活動家や歴史家としても多くの業績を遺した。H・G・ウエルズ、H.G.ウェルズ等の表記がある。
主な作品(代表作)
著者・主な作品 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(本文中に記載した茨木のり子さんの作品です。)