あらすじ
西伊豆に住む朔子のもとに娘の春菜が行方不明との連絡が入る。娘の夫とともに行方を捜すが、消息はつかめない。…初めて殺人事件を担当することになった弁護士タマミは、容疑者の自供に違和感をおぼえるが…最後にたどり着く驚きの悲しい真相。
目次
- 第一章 「メル友に会いに行く」
- 第二章 水中花
- 第三章 偽メール
- 第四章 第二の湖
- 第五章 第二の携帯
- 第六章 容疑者
- 第七章 残された年月
- 第八章 シティホテル
- 第九章 顔写真
- 第十章 まっくろ
- 第十一章 消されたメール
- 第十二章 か細い糸
- 第十三章 面 影
- 第十四章 Re・今度こそきっと
- 第十五章 鞘のないナイフ
- 第十六章 手 紙
- 第十七章 夜明けまで
- 第十八章 確信犯
感想
あまり期待していなかったが、読んでみると思いもよらぬ名作に巡り合う時がある。この作品もそのひとつだ。
夏樹静子の作品
夏樹静子氏の推理小説は多分1970年代に「見知らぬ我が子」や「天使が消えていく」「蒸発」などを読んだ記憶がある。当時読んでいた推理小説は松本清張の作品が多かっただろうか。
トラベルミステリーの西村京太郎や斎藤栄、山村美紗などの作品はまだ読んでいなかったと思う。内田康夫、東野圭吾、宮部みゆきなどの作品はまだ生まれていない。
当時、この人の作品を読んだ時、女性作家ならではの繊細な女性心理の描き方や情感のある風景描写が好きだった。ただ、その後、ほかにも多様な作家、様々な作品が出現したので、この人の作品はだいぶご無沙汰していた。
実は、最近、松本清張、森村誠一、内田康夫など、過去に夢中になった作家の一度読んだことのある作品を読み返したり未読の作品を発掘するようになった(無料の作品を中心に)。
一度読んだことのある作品でも、さすがに30〜50年経つとほとんど内容を忘れているし、年をとって記憶が乏しくなってきたからちょうど良いのだ。
そんな訳で夏樹静子の作品を、読んでなさそうな短編集から読み始めて、未読だったこの作品を読んでみた。
作品の魅力
2006年の作品で、1970年代の作品と比べてセンテンスが短く文体が今風(2006年当時の)になっているのが面白い。内容も昔の作品より進化している気がした。
この作品の魅力は、
- 前半は被害者女性の母の推理劇、後半は犯人を弁護する新米女性弁護士の法廷劇という変化に富んだ構成
- 前半は、メールや出会い系サイトの相手や内容から犯人を探していく緊迫感
- 後半は容疑者の言葉や証言から隠された真相を明らかにしていく法廷劇
- 2つの隠された真相の悲しさとそれに読者が気づくタイミングが絶妙
- 西伊豆の松崎町の町並みや堂ヶ島の美しい風景など情緒深い描写
- 陶芸家と朔子との淡い感情の交流
- 残酷な真相、愛憎をサラッと読ませる作者の技量
等だろうか。
自分にとって面白いミステリーは、異なる事件の捜査がうまく一つにつながる、主人公に感情移入できる、トリックや真相が現実的、真相が判明するタイミングが早すぎず遅すぎない、情緒がある、文章が上手い、といったところだが、この作品は多く当てはまっていて、自分の好みにぴったりだった。
裁判関係の公的な仕事もされていたので裁判のディテールもしっかりしていて、気持ちが良い。ラストは情感と今後への余韻に溢れていて、読後感が良い。
これはおすすめの作品です。
(敬称略)
この作品をおすすめしたい人
著者について
夏樹 静子(なつき しずこ、本名:出光 静子、1938年12月 - 2016年3月)は、日本の小説家。
日本の女性推理小説家の草分けであり、繊細な心理描写と巧みなトリックによる『蒸発』『Wの悲劇』などの秀作により「ミステリーの女王」と称された。夫は新出光会長の出光芳秀。兄は小説家の五十嵐均。
主な作品
- 天使が消えていく(1970年 講談社)
- 蒸発―ある愛の終わり(1972年 光文社カッパ・ノベルス)
- 第三の女(1978年4月 集英社)
- Wの悲劇(1982年2月 光文社カッパ・ノベルス)
- 弁護士 朝吹里矢子シリーズ
- 検事 霞夕子シリーズ
ほか作品多数
※ 著者、主な作品はフリーの百科事典 夏樹静子 - Wikipedia を参考にした