keepr’s diary(本&モノ&くらし)

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【コラム】「死刑の重み」と被害者の重み

「小春日和」という言葉は暦の上では立冬(今年は11/7)を過ぎてから使うのが正しいようだ。晴れて暖かい今日はまさに小春日和だ。

 

さて、はんこを押して死刑が執行されるくらいしかニュースにならないと発言した法務大臣が結局辞任した。

「死刑のはんこを押す地味な役職」などと発言した葉梨法務大臣が先ほど官邸を訪れ、岸田総理に辞表を提出したことを明らかにしました。岸田総理が事実上"更迭"した形です。(Yahooニュースより)

【速報】葉梨法務大臣 辞表提出 “死刑のはんこ”発言で(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース

 

今朝の朝日新聞の社会面ではこの事件に触れて、「死刑の重み」を軽視したと批判している。確かに、残虐な犯罪者とはいえ人の命を止めることは笑い話にすることではない。

死刑囚は執行当日の朝看守から執行を告げられるので、毎朝看守の足音に怯えるという。そういう意味でもジョークにしてはいけない。

死刑判決は国会が制定した法律に基づき、裁判所が下した決定(冤罪のことはおいて)で、一部に死刑廃止論はあるにしても、いわば国民の意志。法務大臣の執行は実施の判断。法務大臣が死刑を決めるわけではないにしても。


ところで、この記事に限らずこの件の報道を見ると、死刑廃止論への言及がある一方、死刑執行の原因となった多くの犯罪被害者についてはあまり触れられず、意識もされていないようだ。

死刑判決が出るのは、現在の日本では、概ね3人(場合により2人)以上の残虐殺人に限られ、どんな残酷な事件でも1人では死刑にならないようである。

永山基準 - Wikipedia

 

冤罪の可能性はひとまずおいて、それだけの残酷な事件を犯したということ。なんの落ち度もないのに突然命を奪われた多くの被害者の苦痛、絶望、無念そして「命」が死刑の背後には必ずあるのだ。

そんなことを思うと、正論ではあるものの「死刑の重み」を強調する記事になにか違和感を覚えた。筆者だけの感覚かも知れないが…

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