ひとり吹奏楽部 ハルチカ番外篇 「ハルチカ」シリーズ (角川文庫)
あらすじ
ハルチカシリーズの番外編。本編の脇役を主人公にした短編集。捨て犬の引取りをお願いに行ったカイユと後藤が見つけた異変「ポチ犯科帳」など5編を収録
目次
- ポチ犯科帳 ─檜山界雄×後藤朱里─
- 風変わりな再会の集い ─芹澤直子×片桐圭介─
- 掌編 穂村千夏は戯曲の没ネタを回収する
- 巡るピクトグラム ─マレン・セイ×名越俊也─
- ひとり吹奏楽部 ─成島美代子×???─
感想
ハルチカシリーズを再読したら面白かったので、以前買おうか迷った本作を読んでみた。良い意味で裏切られた。
基本的に主人公2人は登場せず、本編で脇役の吹奏楽部メンバーが各編の主人公。少し地味ではないかと心配したが、脇役たちが実に生き生きと動いている。各編の内容は上手く関連付けられ、一つの長編を読んでいる気さえした。
各編について(ネタバレ)
ポチ犯科帳 ─檜山界雄×後藤朱里─
吹奏楽部、高1後藤の弟が拾った捨て犬。後藤から頼まれたカイユは、顔なじみの犬好きおばさんのところに引き取りを頼みに行くが、頻繁に吠える古株の愛犬の様子からある異変に気がつく。
いつも騒がしい後藤だが、実はコミュニケーションが上手く、とても賢い。カイユとともに脱帽。
風変わりな再会の集い ─芹澤直子×片桐圭介─
ふと立ち寄った駄菓子店で店番をする羽目になった芹澤。偶然店を訪れた片桐元部長は音楽家志望の妹の進路について芹澤に相談する。
普段仲の悪い二人が、時間つぶしに話すうちに打ち解ける様子が、居酒屋でのおっさん同士の会話のようで面白い。片桐は妹と吹奏楽部の今後を芹澤に託して話は終わる。もうあまり会うこともない片桐と芹澤だが、心が通い合って良かった。
掌編 穂村千夏は戯曲の没ネタを回収する
「退出ゲーム」の没ネタの話題
巡るピクトグラム ─マレン・セイ×名越俊也─
看板女優の代りにバイトに付き合えと演劇部長名越から頼まれたマレン。向かった先は、小学生の逆上がり教室。名越が子どもたちから金をまきあげていると聞いたマレンは名越を問い詰めるが、意外な事実を明かされる。
ベルマークの話がとても具体的で興味深い。確かに、整理する作業は膨大なものになるだろう。子供を使いベルマークを上手く整理しようとした天才中学生と、オチが面白い。
ベルマークのことは忘れていたけど、今もあったのだな。懐かしいのと今も続いていることに感動。ベルマーク教育助成財団
ひとり吹奏楽部 ─成島美代子×???─
部員の指導に悩んでいた吹奏楽部副部長の成島は、過去に廃部になった頃のメンバーが書き残した言葉に共感し、連絡を取ろうとする。事情を知る教頭にも連絡先はわからないが、そのメンバーから預けられた多くの本を教頭から渡される。そして…
外は暗く、敷地内の常夜灯の丸い輪が正門までぼんやりとつづいている。正門の傍に自転車、そして、たたずむ四人のシルエットが浮かび上がっていた。
教頭先生は目を眇めて口を開く。
「あれはきみを待っているのか?」
〈ファイター〉の穂村。
〈シンカー〉の上条。
〈ビリーバー〉のカイユ。
〈コネクター〉のマレン。
こくりとうなずく〈リアリスト〉の成島は、笑顔を浮かべて、誇らしげにこたえた。
「……わたしにとって……最強の四人です……」
(本作品より引用)
このラストはずるい。「ひとり吹奏楽部」という表題が誤解を招くが、この作品は間違いなく吹奏楽部団結の物語だ。
本作では新入生の大量入部が暗示されるが、草壁先生の去就も暗示されている。でも来年の普門館までは指導して欲しい。
脇役が活き活き、各編の繋がりが絶妙
各編の内容が巧妙に関連していて、読んでいて、なるほどそういうことか、とうなずいてしまう。後藤の弟、片桐元部長の妹、2006年当時のメンバー。他にもあったかな。
謎解きはメインでなくスパイス。賑やかなハルチカが出て来ない(草壁先生さえも)で、普段の脇役たちが生き生きと描かれるので、これはこれでありというか、むしろこちらのほうがしっくりくるかも、と思ってしまった。
なかなか出ない新作…
米澤穂信の「古典部シリーズ」や「小市民シリーズ」もそうなのだが、学園ミステリーでは主人公が先輩、後輩に囲まれる高校2年の頃が描きやすいようだ。
高2後半から高3になると大人びて来て、米澤さんの作品では内容もシリアスになっている。受験もあるのであまり探偵ごっこがやりにくくなって描きにくくなるのだろうか、この「ハルチカシリーズ」を含めて、なかなか次の作品が登場しない。
ハルチカシリーズでは、個人的には、前作「惑星カロン」がやや物足りなかったが、この作品を読んで次の作品が待ち遠しくなった。
ハルチカシリーズのファンで、まだ本作を読んでいない人にはぜひ読んでほしい。「ひとり吹奏楽部」というタイトルに騙されないように。
この作品をおすすめしたい人
- 明るく、ほろ苦い学園ミステリーを読みたい人
- 本格的な内容の学園ミステリーを読みたい人
- 青春を今一度感じたい人
- ハルチカシリーズのファンの人
著者について
初野 晴(はつの せい、1973年 -)は、日本の小説家、推理作家。静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。法政大学工学部卒業。男性。
主な作品
〈ハルチカ〉シリーズ
- 退出ゲーム(2008年10月 角川書店)
- 初恋ソムリエ(2009年10月 角川書店)
- 空想オルガン(2010年9月 角川書店)
- 千年ジュリエット(2012年3月 角川書店)
- 惑星カロン(2015年9月 KADOKAWA)
- ひとり吹奏楽部 ハルチカ番外篇(2017年2月 角川文庫)
その他の作品
- 水の時計(2002年5月 角川書店)
- 漆黒の王子(2004年11月 角川書店)
- 1/2の騎士 〜harujion〜(2008年10月 講談社ノベルス)
- トワイライト・ミュージアム(2009年5月 講談社ノベルス)
- ノーマジーン(2011年10月 ポプラ社)
- カマラとアマラの丘(2012年9月 講談社)
※ 著者について 主な作品はフリーの百科事典Wikipedia 初野晴 - Wikipedia を参考にした