あらすじ
東京蒲田で不良らしき若い男の撲殺死体が発見され、中野では若い女二人の射殺死体が発見された。フリージャーナリストの木部美智子は蒲田の弁当工場へのクレーム事件を取材中に、中野の連続射殺と関連する身代金脅迫事件の存在を知る。やがて、他の食品メーカーへの身代金要求が起き、犯人グループが逮捕されるが…
目次
- Prologue
- 第一章
- 第二章
- 第三章
感想
久しぶりにボリュームも内容も充実した本に出合った。望月諒子「蟻の棲み家」だ。
本の帯に書いてあるとおり、東野圭吾「白夜行」や宮部みゆき「火車」をほうふつさせる作品だ。「イヤミス」(読後感が悪いミステリー)「ノワールミステリー」(犯罪小説)の範疇の作品ではあるが、ジャーナリスト木部美智子の冷静な視点が落ち着きのある物語にしている。
内容(ネタバレ)
男の顔面撲殺死体が蒲田で発見され、間もなく風俗で生計を立てるシングルマザー二人が中野で射殺される。有能なフリージャーナリストの木部美智子は蒲田の弁当工場へのクレーム事件を取材している中で、中野の連続射殺と関連した身代金脅迫事件の存在を知る。
脅迫は他の大手食品会社やテレビ局を巻き込んで拡大するが、脅迫状の内容や弁当工場へのクレームの受け渡し人の関係者から、闇金に借金返済を脅されている大学生長谷川翼と同居人の風俗嬢野川愛理、吉沢末男が逮捕される。
捜査本部は翼か末男のいずれかが連続射殺事件の犯人だして追及するが、どちらが真犯人化が判然としない。そして、結末は…という物語だ。
ここが面白かった!
この作品で面白かったのは、弁当工場へのクレームの取材から、蒲田の殺人事件、中野の連続射殺事件とのつながりが判明して事実が明らかになっていく過程だ。地道に事実を積み重ね推理していく様子は、オーソドックスで違和感がない。
美智子は所属する週刊誌詩編集部だけでなく、警察、テレビ局にも顔が広い、やり手のフリージャーナリストであるが、事実を追及していくのが信条の記者で、高圧的だったりイヤな感じがしないのも魅力だ。
また、主人公の一人の末男は、我が子を顧みない母親に代わって妹を世話し、犯罪歴があるにもかかわらず周囲の評判が良く、比較的暖かく見守られていて、ノワール小説にありがちな暗黒感が少ない。根っからの悪人ではなく、貧困や妹のためにやむを得ず犯罪を犯すという点や、するっと人の懐に入り人を共感させるというキャラクターは、犯罪小説にありがちな尖った主人公とは少し異なるようだ。
物語には様々な人物が登場する。弁当工場の工場長が古株のパート社員に手を焼く様子は何か身につまされたが、殺される被害者の女性や翼と同居する3人以外は面倒くさい人物は少なく、ストーリーも意外に直線的だ。このため、「イヤミス」なのだが、嫌な感じが少ないのだ。掘り下げが足りないとも言う人もいるかもしれないが、作者の個性なのだろう。嫌いではない。
ラストについては、本の帯には「大どんでん返し」と書いてあるが、真犯人はやはりそうだったんだなと思った。犯人の動機と最後の美智子の行動のことならば「大どんでん返し」そう言えるかもしれない。
考えさせられた報道のスタンス
美智子の所属する週刊誌の編集長が虐待事件や酷い犯罪の報道の仕方についてに語る部分に共感した。
編集長は非道な犯罪なども、自分たちと別の人間が行っているという理解ではなく、自分たちにもそういう部分があり、自分たちもいつそうなるかわからないという論調で報道しろと主張する。それは人道主義や正義感からではなく、人権などの過敏な人ですぐ炎上するからだと言う。
人権に過敏すぎる現在のマスコミの報道には自分も違和感があり、結局マスコミの事なかれ主義と声の大きい人が世の中を窮屈にしているのだと思う。
境遇が似ている3人の女たちや、末男や彼の妹は親から愛情を受けずに育った。翼も親に見放されている。この物語は親に見放された子の物語とも言えるが、犯人は同様な境遇で育った者たちを躊躇なく殺害するのは大きな皮肉だ。ただ、それで何を言おうとしているのかは理解が足りずよくわからなかった。
分かりにくかったところ
射殺事件の動機
連続射殺事件の動機は最後に明かされていたが、多額の借金を勝手に肩代わりさせれた妹のために3人の殺人に関与する心情は正直理解しがたい。読書中は余りに気ならなかったのは著者の力量だろうか。
警察がだらしない?
ラストの真犯人との対話の中で、この事件の真相は結局警察もたどり着けないとしている。確かに真犯人の言うように目撃証言も何かの力で変えられてしまうだろう。しかし、もう一人の実行犯を追及すれば真相にたどり着けるのではないか。また、警察が犯人とする人物は、状況証拠のみで物証がないから有罪にはできないのではないか。
そう思うと美智子の最後の行動は腑に落ちない。結局、ジャーナリストである彼女も、まんまと懐に入られて共感させられたということになるのだろうか。
「白夜行」と比べて
冒頭に書いたが、この作品は「白夜行」や「火車」と雰囲気が似ている。闇金への借金のために風俗で働かされる女性というモチーフは「火車」を連想させるが、貧困に育った確信犯的な犯罪者の物語という大筋は「白夜行」によく似ている。
異なるのは、白夜行の男主人公が犯罪指向の暗い人物だったのに対して、この物語の主人公は肉親への情愛があり、貧困の中でやむを得ず犯罪に手を染めていくが、周囲の人間を味方につける点だ。そのためノワール小説の見本のような「白夜行」に比べると比較的明るい読後感になるのではないか。
感想のまとめ
著者の作品は今回初めて読んだが、大変面白く考えさせられることも多かった。ノワールミステリーなのに、暗すぎないところも気に入っている。
本作に登場するジャーナリスト木部美智子が登場する作品は、ほかに「神の手」「殺人者」「呪い人形」「腐葉土」があるが、本作の読後感の良さは木部のキャラクターによるところも一因だと感じるので、そちらもぜひ読んでみたい。
まちがいなくおすすめの本です。
この作品をおすすめしたい人
著者について
望月 諒子(もちづき りょうこ、1959年~)は、日本の小説家・推理作家。愛媛県生まれ。兵庫県神戸市在住。
銀行勤務を経て、学習塾を経営。2001年、『神の手』を電子出版で刊行しデビューする。2010年、ゴッホの「医師ガシェの肖像」を題材にした美術ミステリー『大絵画展』で第14回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。
主な作品
- 『神の手』(2004年4月)
- 『殺人者』(2004年6月)
- 『呪い人形』(2004年8月)
- 『ハイパープラジア 脳内寄生者』(2008年1月)【改題】最後の記憶(2011年8月)
- 『大絵画展』(2011年2月)
- 『壺の町』(2012年6月)
- 『腐葉土』(2013年4月)
- 『田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察』(2014年4月)
- 『ソマリアの海賊』(2014年7月)
- 『鱈目講師の恋と呪殺。 桜子准教授の考察』(2015年7月)
- 『フェルメールの憂鬱~大絵画展~』(2018年11月)
- 『蟻の棲み家』(2018年12月)
『哄(わら)う北斎』(2020年7月)
著者、作品の記述はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 望月諒子 - Wikipedia を参考にした。