keepr’s diary(本&モノ&くらし)

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【本の感想】横山 秀夫「64(ロクヨン)(上・下)」


64(ロクヨン)(上) D県警シリーズ (文春文庫)

 


64(ロクヨン)(下) D県警シリーズ (文春文庫)

 

あらすじ

娘の家出・失踪や記者クラブとの対立に悩まされているD県警広報官の三上に、14年前の女児誘拐殺人事件の捜査激励のための警察庁長官の訪問準備の指示が降りる。被害者遺族や事件の再確認を行う三上の前に、隠されていた事実や刑事部の強い抵抗、記者クラブとの新たな問題が持ち上がり、三上は奔走する。やがて新たな事件が発生し、14年前の事件の真相が明らかになる…

目次

(章立て)

上 1~37

下 38~81

 

感想

ものすごくたくさんのことが集まっている作品だ。県警の広報室と記者クラブとの対立、県警内部の警務部と刑事部県警と警察庁との確執、広報室職員の成長の物語、同期の二渡との確執、14年前の未解決の女児誘拐殺人事件、そして主人公の広報官三上の娘の失踪と無言電話等々。実に色々な要素が詰まっている。

 

多すぎて一回読んだだけでは咀嚼しきれない。今回何年ぶりかで2回目を読み終わり、改めてその感を強くした。

 

物語は失踪した娘を探す三上夫妻が、発見された少女の遺体を確認する場面から始まる。家庭内の悩みを抱えた三上だが、職場でも記者クラブとの対立キャリアの上司のバワハラめいた圧力や、出身である刑事部との対立に悩んでいる。

二年間は踏ん張ろうと心に誓った。なのにこの徒労感はどうだ。人殺しも悪徳政治家も存在しない世界で、人殺しや悪徳政治家をじ伏せる以上のエネルギーを消費し、神経を磨り減らし、目的とも呼べぬ目的に向かって闇雲に歩を進めている。(作品より引用。以下同じ)

 

いやはや大変だなこれ。何重苦なのだろうか。自分を振り返ると、家庭も仕事も大変なときはあったが、ここまで大変なことはなかったろう。

 

三上が責任者の広報部では、ひき逃げ事件加害者が妊婦であったため実名を公表しなかったことが、県警記者クラブとの間で問題になっている。

 

私感だが、犯罪事件の氏名公表については、犯罪被害者の実名はほぼ公表されるのに、残虐な事件でも少年加害者の氏名は公表されないとか、時々少年でもないのに加害者氏名が公表されないとか、痴漢事件はもしかすると冤罪かもしれないのに直ぐに名前が公表され、社会的に抹殺されてしまうなど、なにかもやもやした納得できない感じを持っている。

 

それは警察の発表のしかたの問題なのか、記事にするマスコミの姿勢なのか、両方あるのだろうが、作品で取り上げているのは警察とマスコミの間の問題。正義を掲げるマスコミが必ずしも信用できないところもあるので、確かに色々と複雑な問題かもしれない。

 

それと、この作品が出版されたのは2012年だが、作品の舞台は平成14年(2002年)で、個人情報保護法が制定された2003年の前年で、実態として迷惑電話は頻繁にかかってくるのに建前だけは厳しすぎる現在の個人情報保護の空気感とは微妙に異なる気もする。

 

付け加えれば、現在を舞台にした小説でやたら出てくる、パワハラ、セクハラという言葉もこの作品では出てこない。登場人物の警務部長の言動や広報室の若い女性のマスコミとの関係も、現在ならそうした概念に関わってくると思うのだが、そうした書き方でないのが、新鮮で清々しく感じるのだ。

 

何につけてもハラスメントという言葉が過剰な今の風潮に比べて、この時代くらいが丁度いいのかなと思うのである。

 


さて、本筋に戻るが、記者クラブとの対立の中、警察庁長官の視察という新たな問題が発生する。視察の目的は、14年前に発生した未解決の女児誘拐殺人事件の捜査激励という目的だ。

 

そのために、被害者遺族への訪問取付という難題が三上に降りかかる。家庭では娘の帰りを待ちわびる母親の元に無言電話がかかる。そしてストーリーは混沌としながら進んでいく。

 

結末に向けて周到に貼られた伏線の数々、一度読んだだけではもったいないくらい質の高い大人向けの小説だ。

 

亡くなったひき逃げ事件被害者のプロフィールを、一人の人間の姿として、三上が記者クラブで読み上げる場面は涙腺を刺激する。

「これまでで一番の幸運は女房と出逢ったことだと言っていた。ずっと安月給で、二度も大病を患い、苦労を掛けっぱなしだったが文句一つ言わずに尽くしてくれた。温泉巡りはしたが、とうとう海外旅行には連れて行ってやれなかった。墓は立派なものを建てた。人生で家の次に大きな買物だったと言っていた。女房が死んでからはテレビばかり観ている。たいていバラエティーをかけている。別に面白いわけではないが、賑やかなのがいいんだと言っていた」


広報室職員の葛藤と成長や、誘拐事件被害者遺族の膨大な手間、主人公夫婦の思いにも目が潤んだ。

ボイコット撤回──。 横にいた諏訪が大きな空気の塊を吐き出したのがわかった。用紙には五項目の予定質問が記されていた。ざっと目を通した。視察の感想や今後の捜査方針を問うありきたりの内容で、悪意や敵意の混じり気はなかった。 「新しい広報官は必要ない──それがクラブの総意です」

 

終盤の行き詰まる追跡劇も素晴らしいが、松岡捜査一課長のかっこよさにも痺れた。

松岡は天を仰いでいた。 しばらくして顔を戻した。三上を短く見つめ、そしてくるりと背中を向けた。スラックスのポケットに両手を突っ込んだ。よもやの光景だった。「これは目崎歌澄の捜査じゃない」 えっ……?

 

そして、解決していないこと、これから起こるだろう問題も示しながらも、いい感じのラストだった。

 

本作は警察小説であり、人間ドラマであり、組織の成長ドラマだ。それに作品全体を通して未解決の誘拐事件が影を落とす。様々な問題が輻輳し同時進行する物語なので、少々疲れるが読後感は良い。

 

横山秀夫の作品にはこうした「警察小説」が多く、評価も高い。その中でも、おすすめの作品です。

 

この作品をおすすめしたい人

  • 質の高い警察小説が読みたい人
  • 厚みのある推理小説を読みたい人
  • 県警内部の組織や人間関係を知りたい人
  • 横山秀夫の作品が好きな人

著者について

横山 秀夫(よこやま ひでお、1957年~)は、東京都生まれの小説家、推理作家。

国際商科大学(現在の東京国際大学)卒業。1979年上毛新聞社に入社後12年間記者として勤務。1991年「ルパンの消息」が第9回サントリーミステリー大賞佳作を受賞したことを契機に退社。以後フリーランス・ライターとして『週刊少年マガジン』にて漫画原作(ながてゆか作画『PEAK!』など)や児童書の執筆、警備のアルバイトなどをする。1998年に「陰の季節」で第5回松本清張賞を受賞し小説家デビュー。

主な作品 

 

※ 著者、主な作品は 横山秀夫 - Wikipedia から引用した。

 


64(ロクヨン)(上) D県警シリーズ (文春文庫)

 


64(ロクヨン)(下) D県警シリーズ (文春文庫)

 


ノースライト

 


陰の季節 (文春文庫)

 


看守眼(新潮文庫)

 


半落ち (講談社文庫)

 


第三の時効 (集英社文庫)


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