秋期限定栗きんとん事件 下 〈小市民〉シリーズ (創元推理文庫)
あらすじ
前作で関係を絶った小鳩くんと小佐内さんにはそれぞれ新たな相手ができる。小佐内さんの彼氏となった1年生の新聞部員瓜野くんは、校内新聞に独自色を持たそうと、市内で起きている放火事件を追跡する。小佐内さんと小鳩くんも放火事件に関わっていき、やがて真相を探り当てる。そして2人の関係は?
目次
(上)
第一章 おもいがけない秋
第二章 あたたかな冬
第三章 とまどう春
(下)
第四章 うたがわしい夏
第五章 真夏の夜
第六章 ふたたびの秋
感想
夢枕獏氏ではないが「この物語は面白い。」
新しいキャラクター、物語の意外な展開はこのシリーズで最高だと思う。
前作との違い
物語は小鳩くんや小佐内さんという今までの主人公ではなく、瓜野、氷谷という新しい登場人物から始まる。時期は前巻の「夏季限定トロピカルパフェ事件」から間もない秋から。
瓜野くん、氷谷くんは、ちょうど健吾と小鳩くんのミニ版という感じ。前作で主人公達は2年生になっていて、瓜野くん達は1年生なので、第1作の主人公と同じ年代だ。
後輩ができたせいか、主人公たちの成長感が著しく、特に新聞部部長になった堂島健吾の貫禄が半端でない。急に大企業の部長になったようで笑ってしまった。親が子供の成長を喜ぶ気にもなる。
堂島部長は腕組みを崩さずおれを見ている。角顔で肩幅が広く、厳つい部長ががっしり腕を組むと、何か分厚い壁がそそり立っているように感じる。(本作品より引用)
前作で小鳩くんと小山内さんは別れていて、なんと2人とも新しい彼女、彼氏ができる。前作までの2人からは考えられない展開だ。
小鳩くんの新しい彼女は、小山内さんとは違って少し遊んでいるふうだが普通の娘。小佐内さんの彼氏はなんと下級生の瓜野君で相変わらずこの娘の考えていることはよくわからない。
物語と感想
ストーリーは新聞部でのできごと、特に市内に頻発する放火事件を追う瓜野くんの視点と、新しい彼女中丸さんと付き合いながら少しだけ困っている小鳩くんの様子を中心に展開していく。
放火事件に対する瓜野くんの推理や新聞部内での軋轢が面白いが、上編の折り返し点あたり、自動車の放火事件で小鳩くんがこの事件に関わっているあたりから話が盛り上がってくる。
首を伸ばして、燃えた車のナンバーを見る。「……うーん」 つい、唸ってしまう。 いま憶えた数字が、そこに並んでいた。
やはり小鳩くんが出てこないとね。ネタバレになるのでストーリーはこの位で。
この話では小佐内さんは謎の女的にストーリーに関わり、小鳩くんは途中から関わってくるが、最終的にこの二人が事件にどう関わってくるのか、放火事件の真相は何かがとても興味深く引き込まれる。小佐内さんが成長してコケティッシュ、小悪魔的なところが強くなっているのも面白い。
最後にはふたりは多分こうなると思ったような結果になるのだが、高校生活も残り少ない中、続編(短編でない「冬期季限定」編)はなかなか描きにくい気もする。
大学生になった小鳩くんと小佐内さんはないのだろうか。
作品の面白さと怖さ
この作品の面白さは、ストーリーは下級生の爪野くん中心で展開していき、前作で別れた二人はそれぞれのキャラで関わっていくところ、堂島健吾を含めた3人の成長ぶりだと思う。上下巻に跨っているが、飽きることなく一気に読みたくなるのはさすがだ。
しかし、小鳩くんの彼女中丸さんが自分で二股をかけておきながら、それに嫉妬しない小鳩くんを最低となじるシーンとか、小佐内さんが誰かを完膚なきまでに叩きのめすところは、女の言葉がトゲや針のように人を傷つける暴力を感じてしまう。言葉のDVだなこれ、DVは物理的なものだけではないのだ。
「うん。わたし、高校に入ってから初めて、本当に復讐したわ。春期限定いちごタルト事件はせいぜい意趣返しぐらいだし、夏期限定トロピカルパフェ事件は自分を守るためだった。復讐ってね、あんなものじゃない。敗北感を植えつけて、行動が愚かだったって思わせて、相手が自分の無力を心から信じるようにすることなの。」
栗きんとんを前にして語る小佐内さんの言葉は怖すぎる。ましてや復讐の原因とは…唖然。これは自己中、陰険、執拗、被害者意識の極みで男はたまったものではない。昔から女は決して弱くない。それなのに女権とかポリティカルコレクトネスとかおかしいなあ。
まあ、本作結末の小佐内さんは悪魔、人でなしとしか言いようがないが、逆に小気味良く、とげはあるものの、作品全体の印象が良いので読後感は悪くない。
それはさておき、小市民シリーズは第1作から次第に盛りあがって行くのだがこの作品は間違いなくシリーズ最高傑作と言って良い。
是非オススメしたい。
そして、「冬期限定○○」はぜひ読みたいので、米澤さん必ず書いてくださいね。
この作品をおすすめしたい人
- 少し変化球の学園ミステリーが読みたい人
- 少し理屈っぽい謎解きの物語が好きな人
- スイートだけどビターな物語が読みたい人
- 「春期限定いちごタルト事件」「夏季限定トロピカルパフェ事件」を読んだ人
- 米澤穂信の作品が好きな人
著者について
米澤 穂信(よねざわ ほのぶ、1978年-)は、日本の小説家、推理作家。岐阜県出身。岐金沢大学文学部卒業。学生時代から小説を書き始め、2001年学園ミステリー「氷菓」でデビューし、学園ミステリーや推理小説を執筆。日本推理作家協会賞(2011年「折れた竜骨」)や山本周五郎章(2014年「満願」)受賞のほか、ミステリーランキングの常連。
主な作品
- 「氷菓」〈古典部シリーズ〉(2001年)
- 「春期限定いちごタルト事件」〈小市民シリーズ〉(2004年)
- 「さよなら妖精」(2005年)
- 「インシテミル」(2007年)
- 「追想五断章」(2009年)
- 「折れた竜骨」(2011年)
- 「満願」(2014年)
- 「王とサーカス」(2015年)
- 「真実の10メートル手前」(2016年)
- 「いまさら翼といわれても」(2017年)