夏期限定トロピカルパフェ事件 小市民シリーズ (創元推理文庫)
あらすじ
推理好き、復讐好きという性格を封印し、無難な「小市民」を目指す風変わりな高校生ペアが、日常の些細な出来事や少し厄介な事件に関わり、謎を解き明かしていくシリーズ。
目次
- ブロローグ
- 羊の着ぐるみ
- For your eyes only
- おいしいココアの作り方
- はらふくるるわざ
- 孤狼の心
- エピローグ
- 序 章 まるで綿菓子のよう
- 第一章 シャルロットだけはぼくのもの
- 第二章 シェイク・ハーフ
- 第三章 激辛大盛
- 第四章 おいで、キャンディーをあげる
- 終 章スイート・メモリー
感想
好き嫌いが別れる小説だとは思う。ライトノベルズ風の軽い作風の学園ミステリーだと思って読み始めると少し驚き、嫌いになる人もいるだろう。
でも、他の学園ミステリーにはない、少し謎めいてトゲがあるキャラクター設定や理屈っぽいセリフ、ストーリーが変にあとを引き、好きになった人は病みつきになる作品だ。
主人公たちのキャラはなかなか説明しずらいのだが、「春期限定いちごタルト事件」電子書籍版の内容紹介によると次のとおり。
小鳩くんと小佐内さんは、恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係にある高校一年生。きょうも二人は手に手を取って清く慎ましい小市民を目指す。それなのに二人の前には頻繁に奇妙な謎が現れる。消えたポシェット、意図不明の二枚の絵、おいしいココアの謎、テスト中に割れたガラス瓶。名探偵面をして目立ちたくないというのに、気がつけば謎を解く必要に迫られてしまう小鳩くんは果たして小市民の星を掴み取ることができるのか?『さよなら妖精』の著者が新たに放つ、コメディ・タッチのライトなミステリ。
主人公小鳩常悟朗、小佐内ゆきは「恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係」なのだ。そして、二人は羊の皮を被った「狐」と「狼」で平凡な「小市民」をめざしている。その理由や正体は読んでいるうちに明らかになる。
春期限定いちごタルト事件
羊の着ぐるみ
このシリーズのイントロにあたる章なので、先ずは主人公2人と親友堂島健吾のキャラ紹介と簡単な謎解きのストーリー。「羊の着ぐるみ」という題名は2人の立場をそのまま表わしているようだ。
女子生徒が失くしたポシェットを探す話で謎解きは面白いが、答えに可能性、蓋然性はあるが必然性があるとまでは言えない。まあミステリー全般にそうなのだけれど。要は必然性があるように読者を信じさせるということなのだが、それが少し足りないのかな。なぜか小鳩くんのように理屈っぽくなってしまった。
For your eyes only
このストーリーの謎は割とわかりやすく1回目に読んだ時から何となくわかった。絵を書いた先輩がなぜ絵を取りに来なかったのかという点が、あっさりしていたので少し物足りなかったが、現実としてはそういうことはあるのかもしれない。自転車が盗まれる話は後の章でも関連した話が出てくるが、最後の章に繋がる。
おいしいココアの作り方
日常生活の謎の話。答えは健吾の腹が立つような酷すぎる作り方だったが、もうひとつ、3つのカップに少量の牛乳を入れ、電子レンジてチンしてからココアパウダーを入れて良く練り、それに牛乳をたっぷり注いでレンジで温めるというやり方ではダメなのだろうか?温かい牛乳を注ぎ込むのがポイントであれば無理だが。
はらふくるるわざ
テスト中の教室でのできごとの謎。しかし犯人はこんな仕掛けにかける時間と知恵があるなら、覚えた方が早いのにね。後半は「小市民」や「互恵関係」の考え方のお話で、「思しきこと言わぬははらふくるるわざ」のようだ。
孤狼の心
この作品の中心になるストーリーで一番面白い章。盗まれた自転車が放置された謎解きは引き込まれるし、小佐内さんの本当の姿がはっきりする。
この小佐内さんの性癖が次巻以降の様々な事件を引き起こすのだ。エピローグの、ある意味小気味よい復讐の予感も、小市民になりきれないふたりを表しているのだが、読後感は悪くない。
夏期限定トロピカルパフェ事件
〈小佐内スイーツセレクション・夏〉、この物語結構面白い。第一巻はイントロダクションの感じもあったが、この第二巻は、最初の章から最後まで物語の伏線がきれいに張られてまとまりもよく感心する。
ストーリーも次第に盛り上がっていき、ハラハラドキドキさせる。そして小佐内さんの羊の皮をかぶった「狼」ぶりが(狼というより、蠍か蝮というのが適当かも)露骨に現れる物語だ。そして結末は…。
第一章 シャルロットだけはぼくのもの
夏休み通して小佐内さんと〈小佐内スイーツセレクション・夏〉の食べ歩きを約束させられた小鳩くんは、小佐内さんからスイーツの買い物を頼まれるが、そのおいしさにもう一つ食べたくなって…。
狐と狼の戦いですが、ウソがばれた謎解きは少し物足りない。あれを使わない理由はほかにも考えられるのが。まあ、甘いものに関する小佐内さんの欲望がそれだけ研ぎ澄まされているということで納得。
ところで、読み終わると忘れてしまうが、序章の夏祭りの縁日で浴衣姿に狐の面をつけて綿菓子をほおばる小佐内さんは素敵で絵になる。
第二章 シェイク・ハーフ
ハンバーガーショップが舞台のところから、物語のメインのストーリーが始まり、全体を通じた伏線が張られていてとても面白い。健吾の残した紙の謎も納得感がある。
第三章 激辛大盛
スイーツとは打って変わって、男同志の激辛タンメンを食べながら、健吾の愚痴を聞く物語で、ここもメインストリートと関係する話。この章は珍しく謎解きがない。
第四章 おいで、キャンディーをあげる
この作品のクライマックスで、小佐内さんの身に起こる重大な事件と彼女がいる場所の謎解き。謎は演習があったので読者にも分かりやすい。小鳩くんと健吾は果敢に立ち向かい、小佐内さんを救出する。だが、小鳩くんは小佐内さんとの会話からある事実に気づいてしまう。
蛇足だが、最初の部分で登場する小佐内さんの母親は若く見えて女子大生でも通用するというのがすごいな。
終章 スイート・メモリー
事件が終わって、夏季限定トロピカルパフェを味合う二人だが、事件の真相に気づいた小鳩くんは謎解きをする。だが、最後に小佐内さんが打ち明けた事実は小鳩くんを失望させ、二人の関係を終わらせてしまう。小佐内さんって本当は悪ですね、「狼」というより「蠍」「蝮」と例える方がふさわしい。
関係を解消することになった小鳩くんと小佐内さんはどうなるのか、続きが読みたくなるのがずるいところだ。
ところで、せっかくの第1位なのに「夏期限定トロピカルパフェ」の扱いが可哀そうで仕方がない。スイート好きの人は心外だろう。
〈小市民〉シリーズについて
改めてこのシリーズはとても面白い。「春期限定いちごタルト事件」から読み始めることをおすすめしたい。
冒頭に書いたようにこのシリーズは、ふんわりした学園ミステリーではなく、毒がある。本の表紙は永田萌の絵のように可愛らしいのだが、どこか作り物めいた無機質さもあって本の内容をよく表していると思う。
シリーズの次の巻は「秋期限定栗きんとん事件」。二人の関係がどうなるか、内容が濃くて1巻では収まらず2巻になっている。最新刊では短編集の「巴里マカロンの謎」も出ていて、こちらはまだ読んでいないが、次に読もう。
なお、このシリーズを読むと本当にスイーツが食べたくなるので、ダイエットを気にされている方は気をつけたい。
米澤穂信の学園ミステリーは、この〈小市民〉シリーズのほか「氷菓」などの〈古典部〉シリーズもあり、それぞれ味わいが異なるので、どちらもおすすめしたいところ。
時代は大分変わっているが、学生時代の郷愁も味わえるので、年齢を問わず楽しめるシリーズです。
この作品をおすすめしたい人
- ちょっと変わった学園ミステリーが読みたい人
- 少し理屈っぽい謎解きの物語が好きな人
- スイートだけどビターな物語が読みたい人
- 米澤穂信の作品が好きな人
著者について
米澤 穂信(よねざわ ほのぶ、1978年-)は、日本の小説家、推理作家。岐阜県出身。岐金沢大学文学部卒業。学生時代から小説を書き始め、2001年学園ミステリー「氷菓」でデビューし、学園ミステリーや推理小説を執筆。日本推理作家協会賞(2011年「折れた竜骨」)や山本周五郎章(2014年「満願」)受賞のほか、ミステリーランキングの常連。
主な作品
- 「氷菓」〈古典部シリーズ〉(2001年)
- 「春期限定いちごタルト事件」〈小市民シリーズ〉(2004年)
- 「さよなら妖精」(2005年)
- 「インシテミル」(2007年)
- 「追想五断章」(2009年)
- 「折れた竜骨」(2011年)
- 「満願」(2014年)
- 「王とサーカス」(2015年)
- 「真実の10メートル手前」(2016年)
- 「いまさら翼といわれても」(2017年)