あらすじ
死刑判決を受け自殺した強盗殺人事件の犯人は冤罪だった。強引な取り調べに加担した若き刑事渡瀬は、5年度に起きた別の強盗殺人事件の犯人が真犯人であることを知る。
渡瀬は真実を公表すべきか葛藤するが、署か隠蔽しようと圧力をかける中、知り合いの検事の力で事実は公になり、司法関係者を含む多くの関係者は処分を受ける。
17年後、仮釈放された犯人に事件が起き、埼玉県警捜査一課警部となった渡瀬は、警察上層部が妨害する中、過去の真実を明らかにしていく。
目次
一 冤獄
二 雪冤
三 冤憤
四 冤禍
五 終冤
エピローグ
感想
著者の作品で一番好き
中山七里の作品は「切り裂きジャックの告白」を最初に読み、最近は「連続殺人鬼カエル男」など4、5冊を読んだ。今まで読んだ中山七里の作品の中ではこの作品が最高だと思う。
なぜなら、見込み捜査による冤罪、冤罪の内部告発と止めようとする警察内部や主人公の葛藤、告発を巡る様々な影響、それだけでも充分面白いのだが、それから17年後の新たな事件と最初の事件に関わる真相など、時を隔てた事件に纏わる内容が非常に濃く、本格的な刑事ものとして感動的であるからだ。
発端
昭和59年11月に若き刑事渡瀬にかかってきた事件の一報の電話から物語は始まる。最初の事件の捜査では、オーソドックスに警察の捜査が行われていくが、やり手の刑事鳴海の思い込み捜査が酷い。ドラマや小説では被疑者の取り調べに脅す役となだめる役があり、それは今でもそうだと思うのだが、当時の捜査がここに描かれているように酷かったのかはよく分からない。
事件の起きた昭和59年(1984年)頃のテレビドラマの刑事ものと言えば「太陽にほえろ」や「西部警察」をやっていた頃か、だとすれば乱暴な取調べが行われていたのかも知れないが…(笑)。いずれにしても冤罪に至る経過は細かく描かれており、酷すぎる警察の横暴に憤りを感じてしまった。
そしてその事件の第二審の裁判長が中山七里作品のひとつに登場する「静おばあちゃま」。彼女はいささか高潔すぎるが、本来裁判官のあるべき姿はこうあるべきだと思う。
高裁で死刑判決を受け生気を失う被疑者の描写が深刻で、確かに無罪なのに死刑の冤罪判決を受ければそのように感情すらなくなり生きる気力を失ってしまうだろう。判決を下したあとの裁判長の感情~ 感覚的には死刑が妥当か疑わしいが、法律、裁判所の判断としては正しかったという感覚は、裁判官に限らない仕事に対する一般論としてもわかる気がする。
冤罪が明らかに
それから5年後に盗難事件と強盗殺人事件が起こり、その手口と遺留品から渡瀬は犯人を割り出すが、その犯人が5年前の事件の真犯人であることが判明する。
警察上層部の妨害の中、渡瀬は事件を表沙汰にするか悩むが、面識のある検事の力で真相は公表され、関係した警察、司法関係者は処分される。
この辺の主人公の葛藤や警察のもみ消し工作はありそうなことだが、相談した裁判官や検事の態度が少しカッコよすぎることに少し違和感があった。
過酷な現実と向き合わされた冤罪被害者の父親から、決して誤りを忘れるなと言われた渡瀬は、辞めるよりも、刑事としての知識や技術を研鑽し間違いをしない刑事を目指す道を選ぶ。
ここまででも一つの作品として成立するのだが、それから17年後、この真犯人が出所するところから、再び物語が始まる…。
この作品の面白さ
残虐ではあるけれど、中山千里の作品にありがちな猟奇的な犯罪ではない犯罪についてオーソドックスに捜査をすすめるが、見込み捜査と証拠捏造から冤罪を生んでしまう過程に引き込まれる。
そして、冤罪とわかった後の主人公渡瀬の葛藤、警察内部の隠蔽との戦い、味方となる司法関係者の暖かな視線、公表された後の混乱と名警部渡瀬の若き日の葛藤と成長。渡瀬は「連続殺人鬼カエル男」などの作品で食えない名警部として登場するので、それを読んだ人には子供の成長を見るようでうれしい。
前に書いたようにここまででも十分ひとつの作品として完成しているのだが、さらに17年の年月を経て、前半の物語に関連する事件が起こり、最後に最初の冤罪事件に関わる真相が判明する。17年の時の経過が物語に奥行と厚みを与えている。
惜しまれる点
惜しまれるのは、前半で追い詰められた主人公に助言する2人の司法関係者が現実にはいないような素晴らしすぎる人であること(そのうちの一人は後でそうでないことが解るが…実はこれが伏線かもしれない)と、最後の事件の犯人があまりに悲しすぎることだ。あえて渡瀬が真相を明らかにしない選択肢とあるように思うが、間違いない刑事はあくまでも刑事なので無理かもしれない。
また、最初の事件の目撃者に関するラストのどんでん返しはなくても良かったのかと思う。最後の事件の犯人の正体と、これがあるのとないのとでは読後感は変わってくるのではないか。これは好みなのだろうが、自分としてはたんたんと気持ちよく終わった方がよかった。
素晴らしい作品
そんなところが気にはなったものの、読者を引き込む巧みなストーリー展開、冤罪事件の怖さ、司法関係者の動き、主人公の挫折と成長、時間を隔てた事件の奥行など、夢中になれる要素が満載の素晴らしい作品だと思う。
最後のところで別のシリーズの主役たちが登場するのも、中山七里ファンはたまらないところだろう。
是非オススメしたい作品だ。
この作品をおすすめしたい人
- 冤罪事件を扱った推理小説を読みたい人
- 本格的な刑事ものを読みたい人
- 「カエル男」シリーズを読んだ人
- 中山七里の作品が好きな人
著者について
中山 七里 (なかやま しちり、1961年12月16日 ~)は、日本の男性小説家、推理作家。岐阜県出身。花園大学文学部国文学科卒業。学生時代から作品を書き始めるが、就職し中断。2006年に20年ぶりに執筆を開始し、2009年、『さよならドビュッシー』で第8回このミステリーがすごい!大賞を受賞。48歳で小説家デビューを果たした。
明るく爽やかな音楽ミステリーもの、ダークでシリアスなサスペンスや司法ものなど幅広い作風の作品がある。
主な作品
- さよならドビュッシー(2010年)〈岬洋介シリーズ〉
- 連続殺人鬼カエル男(2011年)贖罪の奏鳴曲(2011年)〈御子柴礼司シリーズ〉
- 静おばあちゃんにおまかせ(2012年)
- 切り裂きジャックの告白(2013年)〈刑事犬養隼人シリーズ〉
- テミスの剣(2014年)護られなかった者たちへ(2018年)
- 合唱 岬洋介の帰還(2020年)〈岬洋介シリーズ〉 ほか
※ 著者、作品については 中山七里 (小説家) - Wikipedia を参考にしました
合唱 岬洋介の帰還 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)