あらすじ
東京、埼玉、愛知の三つの都県で起きた殺人事件を追う各警察本部は、様々な障害と偶然のきっかけを経て、重なり合う一人の容疑者にたどり着く。その人物の正体と数十年前の出来事に発する驚くべき動機とは?
目次
- Part1 熱帯夜
- Part2 猛暑
- Part3 沛雨
- Part4 焦暑
- Part5 色なき風
- Part6 晩秋
感想(ネタバレ)
この作品は自分がひそかに「推理小説の中で一番面白い!」と思っていて、実はこれが3度目の読書である。
内容は倒叙ミステリーと言っていいのだろうが、この人が犯人という記述は何もない。
しかし殺人事件捜査の本筋のほかにある人物についてたびたび描写されるので、読者は、ああこの人が犯人かもしれないなと思うだろう。
そして、別々の事件を追う各警察の捜査が一人の人物に絞られていく過程に大きな高揚感を味わうのだ。
3度目の読書でもそれは変わらなかった。
物語は東京で起こった小学生殺害、死体遺棄事件から始まる。警視庁捜査一課が捜査するが、物語の中で事件を追うのは閑職っぽい警部と女性刑事である。
警部は交渉人の部署から来た人物でなぜか周りからは白い目で見られている。女性刑事も後方支援の仕事しか与えられなかった。
小学生の残酷な殺人死体遺棄事件ということもあり、ローラー作戦で大規模な周辺の聞き込みなどが始めるがなかなか捜査は進展しない。
埼玉県ではいまどき珍しいようなよくできた女子中学生が死体で山中で発見される。
埼玉県警で犯人を追うのは中堅の刑事と打ち解けようとせず周りから煙たがられている女性刑事。
死体を捨てた山中までの車を追うが容疑者は絞れない。
愛知県ではスーパーで母親が目を離したすきに車から連れ去られた幼児が、コインロッカーから腐乱死体で発見される。
所轄でこの事件担当するのは、東京で先輩刑事たちの暴力団とのつながりを告発したため村八分にされ、極めてまれな愛知県警への異動になった刑事で、こちらも周りから疎んじられている。
そんな訳アリの刑事たちが追う事件だが捜査はなかなか進展しない。
東京の事件で「変人」の警部は、捜査本部の方針に反して独自の推理で容疑者を絞り込んでいく。そしてある人物を容疑者だと確信し、証拠や動機は一切わからない中、執拗につきまとい監視をしていく。
その人物は職場などで周囲から非常に信頼、尊敬されており、刑事の捜査にみんな不快な顔をする。
途中まではそんな流れだ。
さて、自分が一番好きな部分は何か所かあるのだが、一つはそれぞれの刑事が追い詰める犯人像が次第に重なっていく部分。
名古屋の事件で、偶然出会った少年のひったくり事件から端緒が現れていく流れは特に好きだ。
そして、重なりそうで重なり合わないそれぞれの捜査が、偶然をきっかけにつながっていく流れ。その偶然が容疑者をかばう人たちから提供されるのも味わい深い。
二度と来ないでください、と睨みつけながら去っていった。織元が何度も振り返りながら後に続く。 名古屋ですか、とつぶやく星野の隣に立って、里奈は二人の背中を見送った。(本作品より引用。以下同じ)
東京、愛知の事件の連鎖は、名古屋の刑事の言葉から埼玉の事件にもつながっていく。
コーヒーでも飲むか、と戸棚に設置してあるコーヒーメーカーへ向かうと、〇〇〇〇って名前聞いたことある、と由紀が聞いた。神崎はゆっくりと振り向いた。何だって、とつぶやいた自分の声が遠くから聞こえてくるような感覚があった。(名前はあえて伏せました。)
それぞれに縄張り意識がある中、実質的に連携していくところもワクワクしてうれしい。
さらに3つの事件の3人の父親の共通項が次第に判明し、事件の動機にたどり着く流れ。
「殺害された子供たちに共通項はありません」星野が話を続ける。「小学生、中学生、幼児。生まれ育った場所も違う。何ひとつ重なるところはありません。ですが、父親たちは同学年です。奇妙な符合ですな」
そんな作品なので、筋や結末を知っていても、何度読んでも面白いのだろうと思う。
これ以上は、作品を読んでいただいた方がいいのだが、この作品の面白さを少しでも伝えられただろうか。
最後に少し残念だった点をいくつか。
埼玉の女性刑事は別の事件の容疑者を逮捕する際、過剰暴行してしまい辞職まで追い込まれるのだが、経緯があり、結局現場に復帰する。これはあり得ないだろうと思う。
いかに女性刑事が過去に暴行を受け暴行犯への強い恨みがあったとはいえ、それはそれ、懲戒免職ではないのか。
また、東京の女性刑事が上下関係をわきまえず自己主張が強すぎる点。女だから許される感が少し気に障る。
もうひとつだが、最後の犯人の犯行には違和感があり(よく考えるとこの事件の犯行対象にも違和感があるのだが、作品中は余りに気にならないのでひとまず置く)、蛇足だったような気がしないでもない。
ただこれらのことはこの作品の面白さを減じるものではない。
著者は「交渉人」や「リカ」の作品でも知られる。自分は「リカ」も読んだが、こちらはあまりの残虐性に正直うんざりした。
しかし、本作は「交渉人」とも通じる読後感の良い作品である。
この作品は面白い!是非読んでみてください。
この作品をおすすめしたい人
- 本を読んでワクワクしたい人
- 警察小説が好きな人
- 推理小説で次第に犯人が明らかになっていくのに高揚感を感じる人
著者について
五十嵐 貴久(いがらし たかひさ、1961年12月14日 -)は、日本の小説家・推理作家。東京都出身。成蹊大学文学部卒業。2001年秋、『リカ』(応募時のタイトルは「黒髪の沼」)で第2回ホラーサスペンス大賞の大賞を受賞。
2001年 - 『TVJ』で第18回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞。
2001年 - 『リカ』で第2回ホラーサスペンス大賞受賞。
2007年 - 『シャーロック・ホームズと賢者の石』で第30回日本シャーロック・ホームズ大賞受賞。
2008年 - 『相棒』で第14回中山義秀文学賞候補。
2011年 - 『サウンド・オブ・サイレンス』で第28回坪田譲治文学賞候補。
主な作品
リカシリーズ
・リカ(2002年2月 幻冬舎 / 2003年10月 幻冬舎文庫)ほか
交渉人シリーズ
・交渉人(2003年1月 新潮社 / 2006年4月 幻冬舎文庫)ほか
星野警部シリーズ
・誘拐(2008年7月 双葉社 / 2012年5月 双葉文庫 / 2019年1月 双葉文庫【新装版】)
・贖い(2015年6月 双葉社 / 2018年8月 双葉文庫【上・下】)
吉祥寺探偵物語シリーズ
・消えた少女 吉祥寺探偵物語(2014年4月 双葉文庫)ほか
南青山骨董通り探偵社シリーズ
・南青山骨董通り探偵社(2015年3月 光文社文庫)ほか
・1985年の奇跡(2003年7月 双葉社 / 2006年6月 双葉文庫 / 2019年8月 双葉文庫【新装版】)
・安政五年の大脱走(2003年4月 幻冬舎 / 2005年4月 幻冬舎文庫)
TVJ(2005年1月 文藝春秋 / 2008年2月 文春文庫)
・シャーロック・ホームズと賢者の石(2007年6月 光文社カッパ・ノベルス / 2009年12月 光文社文庫)
・相棒(2008年1月 PHP研究所 / 2010年10月 PHP文芸文庫)
など
著者・主な作品 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』