あらすじ
江戸の彫り物師清吉は、以前町で見かけて刺青(入墨)を入れたいと思った娘が、芸子の使いで偶然家に訪れた機会に、娘にサディスティックな画を見せるとともに、眠り薬を飲ませ、背中に女郎蜘蛛の刺青を描いてしまう。目が覚め、苦痛の中刺青を見た娘は人が変わったように自分の本性に目覚めていく。
目次
なし
感想
谷崎潤一郎は国語の教科書には名前が出ていたことは覚えているが、あまり読んだことはなかった。
きっかけは2016年のTTP(環太平洋パートナーシップ協定)。トランプにより米国は離脱したが、結局2018年に協定は発効、これに伴い日本の著作権も50年から70年に延長されてしまった。
ちょうどこの動きのあった2015年が谷崎潤一郎氏の没後50年となり著作権フリーの青空文庫にも谷崎の作品が掲載されつつあったが、TTPが発効すればもう青空文庫に新規に作品が載らなくなるし、今掲載されている作品は大丈夫だと言っているがどうなるかわからないので、読みはじめた。それがきっかけだ。※
※谷崎の作品では細雪の(中)までは青空分校に掲載されたが、(下)は結局掲載されなかった。また、若いころによく読んだ三島由紀夫の作品を電子書籍で読みたいと思っているのだが、出版社なのかご遺族なのか電子書籍化に反対されているようで、読めない。1970年自決した三島由紀夫の作品は、もしもTPPが発効せず著作権が50年のままだったら、今年著作権が切れて青空文庫に掲載されていたと思うと、こら!TPPと言いたい。
谷崎の作品は、細雪がまだ途中、春琴抄他数編を読んだだけだが、その中でこの「刺青」は特に印象が強い。これは初期の作品で、まさに耽美主義の極致。おそらく誰でも心の中に持っている心理をくすぐられる作品だ。
特に、清吉が娘に二つの画を見させる画面、眠らせた娘に墨を入れていく場面は心が昂る。
(画の描写)
右手に大杯を傾けながら、今しも庭前に刑せられんとする 犠牲 の男を眺めて居る妃の 風情 と云い、鉄の鎖で四肢を銅柱へ 縛 いつけられ、最後の運命を待ち構えつゝ、妃の前に頭をうなだれ、(以下略)(作品より引用。以下同じ)
(入墨)
いつしか午も過ぎて、のどかな春の日は漸く暮れかゝったが、清吉の手は少しも休まず、女の眠りも破れなかった。(中略)針の痕は次第々々に巨大な 女郎蜘蛛 の 形象 を 具え始めて、再び夜がしら/\と白み 初めた時分には、この不思議な魔性の動物は、八本の 肢 を伸ばしつゝ、背一面に 蟠った。
清吉は彫り物をされる相手が苦しむのを見て喜びを感じる性格。理想の体と心理を持つ娘に薬を飲ませ、入れ墨を掘っていくところはまさに恍惚として絶頂。ここでは清吉が主人で娘はいたぶられる対象。
ところが入れ墨を入れられた娘は生来持っていたか加虐的な性質に目覚め、清吉を「肥やしになった」という。ここで娘が主人に逆転してしまう。
清吉も娘も似たようなサディスチックな心理を持っているが、男はロマンチック、恋ともいえる清吉の心理よりも、女である娘の方の突き抜けて何にもとらわれない奔放さが際立っている。
結局最後まで娘の名は書かれない。娘の心の変化に応じて、最後の部分でさりげなく「娘」から「女」に呼称が変わるのもいい。うまいなあ。
自分もそうだったが、谷崎はなぜか食わず嫌いの人が多いのではないか 。この作品のような耽美的な作品から、古き大阪の商家のホームドラマのような細雪のような作品、ミステリーのさきがけのような作品まで多様な作品を書いているので、お暇があれば読んで見ることをおすすめしたい。
この作品をおすすめしたい人
- 男女の多様な性の形に関心がある人
- 手軽に谷崎の耽美主義の世界を知りたい人
- ありきたりの小説に飽きている人
著者について
谷崎 潤一郎(たにざき じゅんいちろう、1886年(明治19年)7月24日 - 1965年(昭和40年)7月30日)は、日本の小説家。明治末期から第二次世界大戦後の昭和中期まで、戦中・戦後の一時期を除き終生旺盛な執筆活動を続け、国内外でその作品の芸術性が高い評価を得た。
初期は耽美主義の一派とされ、過剰なほどの女性愛やマゾヒズムなどのスキャンダラスな文脈で語られることが少なくないが、その作風や題材、文体・表現は生涯にわたって様々に変遷した。漢語や雅語から俗語や方言までを使いこなす端麗な文章と、作品ごとにがらりと変わる巧みな語り口が特徴。『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』など、情痴や時代風俗などのテーマを扱う通俗性と、文体や形式における芸術性を高いレベルで融和させた純文学の秀作によって世評高く、「文豪」「大谷崎(おおたにざき)」と称された。その一方、今日のミステリー・サスペンスの先駆的作品、活劇的な歴史小説、口伝・説話調の幻想譚、果てはグロテスクなブラックユーモアなど、娯楽的なジャンルにおいても多く佳作を残している。
主な作品( 代表作)
- 『刺青』(1910年)
- 『痴人の愛』(1924年-1925年)
- 『卍(まんじ)』(1928年-1930年)
- 『蓼喰ふ虫』(1928年-1929年)『春琴抄』(1933年)
- 『陰翳禮讚』(随筆、1933年-1934年)
- 『細雪』(1944年-1948年)
- 『少将滋幹の母』(1949年-1950年)
- 『鍵』(1956年)
- 『瘋癲老人日記』(1961年-1962年)
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