keepr’s diary(本&モノ&くらし)

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【本の感想】泉鏡花「高野聖」


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あらすじ

旅で道連れになった上人が、若いころに飛騨と信州を結ぶ山の中で体験した話~蛭の群れる恐ろしい森や、美しい女が住む一軒家での怪しくも蠱惑的な出来事を語る物語。

目次

 なし

感想

 まさか、高野聖を読むことになるのは思わなかった。歴史の教科書に載っているくらいの100年以上も作品で、漱石や鴎外までなら、まだ読む人も多そうだが、泉鏡花となれば相当敷居が高くて、読むことはないと思っていた。

これというのも、そろそろ人生の先が見えてきて、今まで読めなかっった作品を読んでみようと思い、たまたま、アマゾンで見つけたこの全集を買ってみたからである。

 

明治の文学で幸田露伴樋口一葉とかの小説も現在読んでいるが、泉鏡花の作品ははるかに読みやすい。文体が講談調で、流れるようなリズムか心地よい。

昔の小説って、現代の小説と比べると、文章が長いな。でも慣れるとそれはそれで面白い。

 

現在は文章は短めの方が好まれるが、こうした長い文章の方が、むしろ話の流れが追いやすい面もあるのでは。

長い文章の問題点は主語述語がはっきりしないことで、日本語は主語述語があいまいだとよく言われるが、それは欧米の言語に比較してのこと。一概に悪いというものではないと感じた。

現代の小説でも、あえて、こうしたセンテンスの長い昔風の文章を使う作品を見かけるのも意図があってのことだろう。

主語述語のあいまいさも含めて日本文化なのだとふと思った。主語述語のあいまいさを否定することで失うものもあったのだろう。

 

さてこの作品、高野聖という題名は聞いたことがあったが、内容は想像がつかず、ものの試しで読んでみたら、案外面白かった。

前述の講談調の長い文章のリズムの良さもあるし、もちろん内容の面白さもある。正直読み切れるかと疑問だったが、長さも適度で飽きることなくむしろ楽しく読み進める。

 

話は、僧が、道を間違えた富山の薬売りを追って山深く分け入るあたりから面白くなって、いかにもいわくありそうな美しい女が住む家を訪れてから、どうせお化けなんだろうと思いながらもハラハラした。

印象が強いのが、深い森に入って蛭に襲われる場面。今の作家が書くと生々しすぎるところを、適度に気味悪く書いていてよい。

見ると海鼠を裂いたような目も口もない者じゃが、動物には違いない。不気味で投出そうとするとずるずると辷って指の尖へ吸ついてぶらりと下った、その放れた指の尖から真赤な美しい血が垂々と出たから、(略)

一番印象に残ったのは多分男ならみんなそうなのだろうが、川で女に体を洗われる場面。エロチックですがいやらしくはなく、読者も恍惚となる。

その心地の得もいわれなさで、眠気がさしたでもあるまいが、うとうとする様子で、疵の痛みがなくなって気が遠くなって、ひたと附ついている婦人の身体で、私は花びらの中へ包まれたような工合。 山家の者には肖合わぬ、都にも希な器量はいうに及ばぬが弱々しそうな風采じゃ、背中を流す中にもはッはッと内証で呼吸がはずむから、もう断ろう断ろうと思いながら、例の恍惚で、気はつきながら洗わした。(作品から引用)

 こういうところは時代を超えますね。

そのあとの話も、怪奇だが気味悪すぎたり残酷ではなく、読後感は良かった。

泉鏡花のほかの作品も読んでみたいと思う。

 

(参考)

高野聖』は、泉鏡花の代表作というだけでなく、その語りの味わいや独特の文体で、妖怪世界がより効果的に表現され、日本文学史的にも、怪奇小説幻想小説の名作として評価されている。

笠原伸夫は、「三層の異質の時間」が「入れ子型構造」をとりながら組み立てられている『高野聖』の構造を、「語りのなかに別の語りが嵌め込まれ、その別の語りのなかにさらに別の語りが参入する」と説明し[3]、その構造により、「想像力の自己増殖とでもいうのか、奇異妖変の気配は内側へ行けばゆくほど濃密になる」と解説している[3]。山田有策は、その鏡花の「〈語りの〉枠組」が、「必ずしも整然としたスタティックな形をとっていず、絶えず融化し流動する点にこそ鏡花文学の〈語り〉の最大の魅力があるとみてよい」と評している。

高野聖』を、「鏡花の想念がみごとに落ちこぼれなく凝縮した短篇」、「軽佻を脱して成熟」した文体だと評する三島由紀夫は、この作品の構成が、「能のワキ僧を思はせる旅僧」が物語るという伝統的話法の枠組みにより、「幻想世界」と「現実」との間に「額縁がきちんとはめられる」ことで、読者が徐々に「天外境」に導かれ、その世界への共感がしやすくなる構造に、成功の一因があると解説している。

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

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著者について

 泉 鏡花(いずみ きょうか、1873年明治6年)11月4日 - 1939年(昭和14年)9月7日)は、日本の小説家。明治後期から昭和初期にかけて活躍した。小説のほか、戯曲や俳句も手がけた。本名、鏡太郎(きょうたろう)。金沢市下新町生まれ。

尾崎紅葉に師事した。『夜行巡査』『外科室』で評価を得、『高野聖』で人気作家になる。江戸文芸の影響を深く受けた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで知られる。また近代における幻想文学の先駆者としても評価される。ほかの主要作品に『照葉狂言』『婦系図』『歌行燈』などがある。

主な作品( 代表作)

  • 『夜行巡査』(1895年)
  • 『外科室』(1895年)
  • 照葉狂言』(1896年)
  • 高野聖』(1900年)
  • 婦系図』(1907年)
  • 『歌行燈』(1910年)

著者、作品の出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

 


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